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zoom RSS 【デジタル・マイライフ】Apple PowerBook 165

<<   作成日時 : 2004/10/01 23:00   >>

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画像 ちょうど10年前、1年間のアメリカ留学を目前にした1994年6月に、初めて買ったパソコンがこれだった。ハ ードディスク160MB、メモリ8MBというスペックは、当時のノートパソコンとしてはかなり高スペッ クだった。アップル社の日本法人が、大学生や教員の間でのシェア拡大を狙って投入した大学生協限定モデルで、価格は20万ちょっとだったと記憶している。当時はまだ、ワープロが全盛だった時代。ワープロ派の文系助教授や講師たちが、こぞってMacを買って、PCに乗り換えていた。大学生協で売れるPCのうち8割がMac、なんて話も聞いたものだ。

Windowsが理解できずにMacへ
 初めてのパソコンにMacを選んだ理由は、「使いやすさ」の一言に尽きる。それまで使っていたワープロ専用機は大変便利だったが、メインメモリが小さすぎる、フロッピーがすぐに一杯になる、スクロールが遅い等々、使えば使うほど、アラが目に付くようになった。そこでパソコンへ、というのが自然な流れなのだが、当時のWindows3.1搭載のPCは、使いこなせるシロモノではなかった。まず、ファイルシステムが理解できなかった。作った文書をフロッピーに保存する、そして開く、というあの作業でつまづいては、次に進むわけがない。そこで、大学の片隅に置かれていた、Macに目が行ったのである。なんとMacというPCは、フロッピを入れるとデスクトップ上にアイコンが表示され、さらにそれをダブルクリックすると、中身が一覧表示されるのだった! このわかりやすさにたまげた私は、パソコンを買うならMacしかないと決意したのだ。初めてのパソコンを買う1年前、1993年のことだった。

Mac版ATOKの登場で購入を決意した
 自前で初のノート型Macを買ったのは1994年だが、その前年から、大学の情報処理センターの片隅にあったMac(Quadra800)を使って、授業のレポートを書き、大学新聞をつくり、ときにはゲームで遊ぶなどして、着々とMacの操作を覚えて行った。その中で、ひとつ大きなネックに感じていたのが、「かな漢字変換」の効率の悪さである。当時のMacOS「漢字TALK7.1」には、「ことえり」という日本語入力ソフト(IME)が付属していたが、愛用のワープロ専用機「シャープ書院」に比べると、勝負にならないくらいに変換効率が悪かった。辞書の語彙は単語登録で多少は補えるとしても、文節解析力が低く、連文節変換となると、ほとんど使い物にならない。この頃からタイピングがわりと早かった私は、文節ごとにスペースバーを押さなくてはならない不便さには、イライラさせられた。対するシャープ書院は、一行くらいいっぺんに打ち込んでも極めて正確に変換してくれる。アメリカ生まれのMacと日本で熟成されたワープロ専用機では差が出て当然だ、と思ったりもした。

 ところがその頃、PC上では日本語入力ソフトの切り替えが可能で、ソフトメーカーが販売しているIMEを購入して導入すれば、はるかに変換効率が良くなるということを、雑誌で読んで知った。中でもMac版が出たばかりの「ATOK8」(ジャストシステム)は、ワープロソフト「一太郎」で蓄積された日本語のノウハウがフルに盛り込まれており、語彙も文節解析能力も抜群なのだという。

 「ことえり」の変換効率の悪さに、Macを購入すべきか迷っていた私は、これで決心がついた。94年6月に、大学生協で購入。プリンタやATOK8の購入で、合計約25万円。1/3は、ワープロを大学の後輩に売った金で賄ったが、半年間貯めたバイト代がふっとんだ。

アメリカ留学で本領発揮
 ノート型のMacを選んだのは、この年の8月から、アメリカ・ペンシルバニア州への1年間の留学(遊学?)を控えていたからだった。留学先に持参するためには、ノート型しか選択肢がない。

 当時既にアメリカの大学では、授業の提出物はパソコンでタイプするのが当たり前になっていて、学生たちはみなパソコン、それも大半がMacで、レポートや論文を書いていた。寮の部屋にMacを持っている学生も多かった。そんな中にあって、キートップにカタカナが刻み込まれた私のパワーブックは、学生たちから珍しがられた。日本語処理が必要ないアメリカのMacでは、メモリ8MB、ハードディスク160MBというのはいささかオーバースペックで、友人たちも驚いたものである。

 留学時代は、レポートの執筆から日記の作成、現金出納帳の管理など、文字通り大活躍だった。中でもワープロ機能は、英文のスペルチェックや文法チェックなど、まさしく本領発揮である。英日翻訳ソフトも使ってみたが、これはあまり役に立たなかった。時々はゲームをしたり、友人からもらったソフトをいろいろ楽しんだりもした。モデムを接続して、初めてのEメールやインターネット通信を行ったのも、このときである(別項参照)。大学を離れて旅行に出るときは必ず持ち歩いたし、飛行機や列車の中でも、よく使っていた。本体だけで3kgという重量は、当時はあまり気にならなかったものだ。

 バッテリーは公称3時間もつことになっていたのだが、実際はよくもって1時間だった。外に持ち出すときはACアダプターが欠かせない。当時と今ではバッテリーの性能はまったく違うが、パソコン側の消費電力も上がっているので、バッテリー問題の本質は変わっていないと思う。ノートパソコンのバッテリーを信用しないのは、このころからである。

突然のハードディスク破損・・・そして
 95年6月、1年弱の留学を終えて帰国すると、日本でも最初のインターネットブームが起きていて、Windows95の発売も控えて、パソコン市場は活況を呈していた。モノクロ画面で重量が3kgもあるPowerBook165は早くも時代遅れになりつつあったが、自宅と大学とを、毎日これを持って往復していた。ロクな通信機能も持たないこんな巨大なノートPCを、一体何に使っていたのかとも思うが、とにかく毎日持ち歩き、図書館などにこもって何やかにやを書いていた。

 大学を卒業し、97年4月に現在の会社に入社。この頃の私の会社は、パソコン1人一台などほど遠い状態で、共用のパソコン(もちろんスタンドアロン)やワープロが各部に数台ある程度だった。したがって社員はみな、私物を自席に持ち込んで仕事をせざるを得なかったので、私のこの古びたノート型Macは、事実上仕事専用になった。

 そして、97年12月25日、ファイルを開こうとするとハードディスクから異音が。典型的な、ハードディスク破損の症状だった。ショップに持ち込むと、ハードディスク交換は6万円かかると言われ、泣く泣く修理は断念。急きょ、新しいMacを購入することになった。PowerBook165は、3年半の命だった。






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