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zoom RSS 航空機関士問題・・・40年にわたる労使紛争の火種に決着

<<   作成日時 : 2009/06/09 23:00   >>

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 副操縦士として資格を取らせた訓練生を、一定年数「航空機関士」として乗務させるJAL独特の制度「セカンドオフィサー」について、以前に書いた。年月をかけて(自社養成で2年半、航大卒で約半年)養成し、資格を取ったパイロット候補生を、改めて航空機関士として教育し、国家試験に合格させるとは、ある意味二重投資なのだが、終身雇用の日本企業だからこそできたことなのだろう。その狙いは、航空機関士の乗務が不要になる時代を想定し、純粋な航空機関士(パイロット資格を持たない航空機関士)の数を抑制することが狙いだったと考えられる。

 このセカンドオフィサー制度が始まったのは、今から41年も前の1968(昭和43)年。まだB747も就航しておらず、DC-8やB707が主役だった時代だ。太平洋を横断する国際線では、航空士なしの3人乗務(SCN=ドップラー+ロラン航法、1967年〜)がようやく始まったばかりだった。そんな時期に、航空機関士もなしの2人乗務の時代が来るなどとよく予見できたものだと思うが、「日航では今後、飛行機の自動化はさらに一段と進むものと予測し、将来的にはコクピットの乗組員の編成は、すべてパイロットで固める『全パイロット制』の方針を打ち出」し(諸星廣夫「機長の航跡」イカロス出版 2006)、航空機関士の新規採用も中止したというのだから、少なくとも経営者の頭の中には、国際線の大型機すらパイロット2人で動かす未来の青写真が描かれていたのだと考えられる。実際、短距離用の小型機であるダグラスDC-9(1965〜)やボーイング737(1968〜)は最初から2人乗務だったし、このすぐ後に登場する大型機のロッキードL-1011トライスター(1972〜)は3人乗務だったものの、機関士(FE)は不要と思えるくらい自動化が進んでいた。自動化を信奉する先進的なパイロットや、運航要員をなんとか減らしたい経営者にとっては、2人乗務の時代がそう遠くないように見えたのは事実だろう。「トライスターのシステムを勉強した頃から感じていたのは、もうじきFEの必要性はなくなるな、ということ。ロッキードもそのことは考えていたようで、システムの自動化はかなり進んでいた。それを一番身近に感じていたのは、ほかならぬFEであろう」(新川昭正「ジャンボへの道」文芸社 2006)

 しかし、こうして導入されたセカンドオフィサー制度は、パイロット・航空機関士の双方から不評で、組合は猛反発した。2004年1月発行の「JAS乗員組合ニュース」にそのへんのことが簡単に触れられている。パイロット側は「航空機関士訓練+数年間の実務」という回り道をさせられるために、パイロットしての飛行時間が伸びず、機長昇格が遠のくことを不満としたし、航空機関士側は自分たちの職域にパイロットが進出してくることに、多大な危機感を持った。乗員組合はストを含む徹底抗戦で会社側に対抗し、ついに会社側は「セカンドオフィサーとしての乗務期間は2年、最大4年」という案を示し、航空機関士の採用も再開されることになる(1978年)。

 だが、これが会社が組合に対し妥協したものだったのか、航空需要の伸びでパイロットが不足し、副操縦士予備軍を航空機関士として長く稼働させる余裕がなくなってきたためなのかは、組合の文書を読んでいるだけでは、よくわからない。ただ言えるのは、航空機関士の採用再開が乗員組合に力を与え、1980年代前半のB767の導入、そして80年代後半のB747-400導入において、2人乗務の是非をめぐって会社と組合が正面対決するきっかけになったということではないかと思う。(セカンドオフィサー制度自体は1990年ごろに中止された)

 最後の3人乗務機となったB747-300の退役にともなう航空機関士の処遇をめぐり、乗員組合と会社との間で厳しいやりとりがあったことは、前にも書いた。しかし、JALにおける「航空機関士問題」は40年も前の「セカンドオフィサー制度」から始まっていた、新しくて古い問題だったのだ。航空機関士を必要とする飛行機が日本の空から消えることで、40年続いたこの問題も、いよいよ終止符となる。その意味でも、一つの歴史が終わるということなのだろう。


▼3名分の運航乗員席がある、B747-200Bのコクピットと航空機関士用の操作パネル<2014年1月・航空科学博物館(千葉県成田市)にて撮影>。
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2009/10/27 00:50
ここは酷いセカンドオフィサー制度ですね
ひどかった「ガイアの夜明け」JAL特集 http://www.labornetjp.org/news/2011/0201gaia まあ日経スペシャルだからなw おっさんコパイについても当人の責任に帰することはできないんだよな この人の入社と2人乗務の767の登場はほぼ同時期であった 将来的に航空機関士の消滅が分かっていたんだけれども その辺でパイロット志望者を航空機関士にする変なキャリアパスを作ったようだ そういう意味では買った機材に振り回されるJALの犠牲者でもあるな A... ...続きを見る
障害報告@webry
2011/02/04 22:42
火種は残っていた・・・JAL航空機関士の悲哀
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2011/02/06 15:44

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