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zoom RSS 御巣鷹山から25年・・・真相は結局「闇の中」

<<   作成日時 : 2010/08/12 18:56   >>

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画像 羽田発大阪行きのJAL123便B747-100SR(JA8119)が御巣鷹の尾根に激突した「日航ジャンボ機墜落事故」から、ちょうど25年になる。

 25年前、私は小学6年だった。その頃、既にそれなりに飛行機好きにはなっていたので、衝撃的なニュースではあった。が、正直に告白すると、それほど大きなショックを受けたような記憶はない。と言うのも、その頃、飛行機の墜落事故はしょっちゅう起きていたから。その3年前の1982年2月に、JAL350便DC-8の羽田沖墜落事故が起きていた(24人死亡)し、次の年の1983年3月には、私の住む北海道の中標津空港で日本近距離航空(現ANK)のYS11墜落事故(死者ゼロ)があった。さらに同じ年の9月には北海道の稚内沖で大韓航空機撃墜事件があり、日本人を含む269人が死亡した。1985年も、海外ではジャンボ機を含め墜落事故が起きていることを、新聞でなんとなく知っていた。私の中では、飛行機事故は「時々は起きるもの」という感覚があった。だから、123便事故のことを知ったときも、ショックと言うよりは、「またか」というような受け止め方をしたことを、覚えている。

 ショックを受けたのはむしろ、その後成長するにつれて、事故の詳細をいろいろなメディアを通して知るようになってからだ。日没直後の事故だったため、現場の特定や捜索開始がどれほど遅れたか。深い山中の尾根に、時速640キロで激突した事故現場が、いかに凄惨さを極めたか。乗客の遺体は文字通りバラバラで、収容や身元の特定がいかに困難だったか。乗客に社用族が多かったことは、一家の主を突然失うことを意味し、残された家族の人生がどれほど険しいものであったか。そして、事故から15年後の2000年8月に突如テレビで公開された、事故機のCVR(コクピット・ボイスレコーダー)の音声には、言葉を失った。パイロットたちは、事故機の垂直尾翼が失われていることなど、まったく知らずに、エンジンパワーだけでなんとか機体を制御していたのだ。

■疑問だらけ・・・破綻している事故調の「筋書き」
 事故原因は、その7年前に起きた「しりもち事故」の際の、圧力隔壁の修理ミスによる金属疲労の進行、ということになっている。事故から2年後に公表された運輸省航空事故調査委員会の報告書は、与圧に耐えられなくなった圧力隔壁が損傷して機内の空気が一気に垂直尾翼に流れ込み(急減圧)、尾翼を吹き飛ばした、となっている。しかし、事故後に書かれた本やメディアの報道を見ていて、専門家も、遺族たちも、事故調の筋書きにはまったく納得していないことを知った。

 事故調の言う急減圧があったとしたら、客室内の圧力は急激に下がり、秒速10メートルの風が吹き抜け、空気の膨張によって温度はマイナス40度にまで下がったことになる。だが、生存者4名は、いずれもこうした現象を否定している。迷走する機内で、多くの人が身近な紙に遺書を書き付けたが、外気に等しい気圧にまで気圧が下がったのなら、人は数分で意識を失ってなければおかしい。何よりも、急減圧への対応をたたき込まれているパイロットが、まったく反応していない。急減圧がなかったとすれば、それによって尾翼が吹き飛んだという筋書きは崩れ去ることになる。ならば、垂直尾翼はなぜ壊れたのか。それを解明するためには、機体から吹き飛んで相模湾に沈んだ尾翼の主要部を引き上げ、徹底検証する必要があるのだが、事故調は相模湾の水中調査を少しやっただけで打ち切ってしまった。

 事故調が、科学的に疑問だらけの筋書きを無理矢理作り上げた背景には、ジャンボ機の製造国であるアメリカへの配慮があったと言われている。アメリカとメーカーであるボーイング社は、事故原因はジャンボ機に共通するものではなく、あくまで事故機固有のものであるとしておきたかった。そのために、しりもち事故の修理ミスも早々に認めた。だが、ミスを犯したボーイング社も、ミスを発見できなかったJALも、東京地検は不起訴処分にした。「隔壁の修理ミスが事故につながった決定的な証拠はない」からだ。科学的にも法律的にも、事故調の筋書きはチンプンカンプン、真の原因は未だに闇の中なのだ。航空事故調査に独自に取り組んでいた元JAL機長の藤田日出男(故人)は、こう書いている。「いささか穿った見方をするなら、事故調は日米両国の誰1人として起訴される者が出ないように、こうしたわけの解らない報告書を作ったのかも知れない」。

 遺族を中心に、事故原因の再調査を求める声は、今もある。が、国がそれに応える気配はない。それどころか、事故から15年に当たる2000年、運輸省(当時)は、事故調査の記録のほとんどを、廃棄してしまった。事故調査とは、事故が起きた原因を科学的に明らかにし、再発防止につなげることが唯一の目的だが、事故調が出した結論に多くの疑問点が指摘されている以上、JAL123便が御巣鷹の尾根に墜落し、520人が死亡した原因は、いまだ解明されていないと言うべきであろう。そして、その真の原因は、再調査をしようとしない国によって、闇に葬られようとしている。原因を明らかにし、事故を二度と繰り返さないための執念という点では、どんなに深海であっても徹底的に残骸を拾い集め、わずかな手がかりでも捜し求めるアメリカやイギリス、フランスの事故調査に比べれば、あまりに遅れていると言わざるを得ない。

 あれから、25年になる。この四半世紀、日本の航空会社は乗客が死亡する事故を一度も起こしていない。(乗員が死亡した事例は一件あるが) この事実自体は誇るべきものかも知れないが、今のこの国のありようを考えると、この事実が偶然と幸運の産物であるように、思えてならない。

YouTubeを検索したら、事故直後のニュース映像を含む、貴重な映像がゴロゴロと出てきた。事故の記憶を風化させないために、こういう映像資料は決して削除・消去されてはならない。

■JAL123行方不明を伝えるニュース速報(テレビ朝日)

■JAL123行方不明を伝えるニュース速報(NHK)

■JAL123墜落現場発見を伝えるニュース(NHK)

■テレビニュースで公開されたCVRの録音内容(2000年8月)

■Youtubeで公開されているJAL123事故のドキュメント





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