旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 死生観の違い・・・NZ震災の現地対応に思うこと

<<   作成日時 : 2011/02/25 23:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

 死生観の違い、欧米文化圏の合理主義とほこういうことなのか、と現地からの報道を見ていて思う。

 「生存者がいる可能性は極めて低い」というようなことを、現地当局者が普通にメデイアの前で語るところだ。日本なら、「全力を尽くしています」「生存を信じて救出作業を急ぎます」というようなことを、公の場では言うものだ。たとえ、客観的に絶望視されるような状況であったとしても。日本の現場で「生存の可能性は低い」などと言おうものなら、家族の心情を考えろ、ということにたちまちなるだろう。絶望的なことはわざわざ言わなくてもわかっているから、せめて発見までは希望をもたせてやれよ、と。ところが、欧米的な価値観からすれば、状況を正確、客観的に述べない方が不誠実ということになる。現地当局の物言いに傷付く人もいるのではないかと想像するが、文化の違いはいかんともしがたい。救いは、日本人の救助隊がいち早く現地入りし、「日本流の報道対応」によって若干でもそういう心情をフォローしているところだろう。




Ocean Radio@2011

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
プラダ 財布
死生観の違い・・・NZ震災の現地対応に思うこと 旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記/ウェブリブログ ...続きを見る
プラダ 財布
2013/07/10 01:10

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
死生観の違い・・・NZ震災の現地対応に思うこと 旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる