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zoom RSS 「軍用機」による邦人救出はそう簡単なことではない

<<   作成日時 : 2011/02/01 23:00   >>

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 政府専用機に関する考察の中で、「邦人救出で民間機が使えないときは空自機を使えばいい。今なら、その能力がある」と簡単に書いてしまったが、よくよく考えれば、コトはそう簡単でもない。国際的には「軍用機」とみなされる自衛隊機の派遣は相手国の当局と様々な調整が必要で、周辺国や世界に与える政治的インパクトも考慮しなくてはならないから、相当慎重にやらなくてはならない。日の丸を付けた飛行機が救助に向かえば、現地に取り残された人はほっとするだろうし、国内にも「国の威信を示した」などと満足する人はいるだろうが、実務面を考えれば、民間機をチャーターして向かわせた方がはるかに迅速な救出が可能なのが現実なのだ。

運用実績のない空港に「即派遣」は不可能
画像 確かに、航空自衛隊に2008年から配備が始まった空中給油輸送機KC-767は、人員だと200人の輸送能力を持つ。政府専用機B747-400は、貴賓室や会議室のスペースを設けているため、標準仕様のままだと140人しか乗せられないから、KC-767は自衛隊機としては最大規模の人員を運べる。ベースがジェット旅客機B767だから速力も十分だし、空中給油用の燃料を満載して日本を出発すれば、現地では無給油のまま在留邦人を乗せ、日本まで飛ぶことも可能だ。けれども、装備のスペックとして「可能」であるということと、実際のミッションとして「遂行可能」であるということとは、まったく違う。

 たとえば、今回のエジプト騒乱に伴うカイロ国際空港からの邦人救出。民間機、しかも外国エアラインの旅客機などチャーターせずに、日本から自衛隊機を出せばいいじゃないか、と考えた人もいたようだ。しかし、現実的に検討すれば、これはほぼ不可能だ。

 まず、カイロ国際空港への着陸経験を持つ空自のパイロットは、皆無。行ったことの無い空港に、実任務でいきなり飛ばなくてはならない。そのためには、空港の構造、滑走路の長さ、周辺の地形、計器進入方式、天候不良時の代替着陸先など、ありとあらゆることを入念に調査しなくてはならない。そして、現地で燃料や水などの補給を受けられるのかどうか。機体に不具合が生じた場合、現地で修理や交換パーツの入手は可能か。補給不要なよう復路分の物資を積んで行くことはKC-767であれば可能だが、不測の事態、たとえば脚故障による燃料投棄などがあった場合にどうするか。現地滞留が長引いた場合に、機体や乗員を安全に留め置くことができるのか。さらに、日本からカイロまで14時間にも及ぶ長時間フライトの最中、トラブルがあったらどうするのか。KC-767のような双発機は、エンジン1基に不具合があれば、即緊急着陸だ。経路に、日本の「軍用機」を安全に降ろせる空港はあるのか。降りた先で必要な支援は受けられるのか。こういう点を一つ一つクリアし、安全な任務遂行に備えるためには、最低でも1週間程度の準備期間は必要だろう。安全を担保できないのに、いきなり行けと命じるわけにはいかないのだ。

「即派遣」は日頃飛んでる民間機で
 これらの点で、カイロに定期便を持つエアラインは圧倒的に有利だ。パイロットは空港や飛行経路を熟知しているし、現地の支援体制も勝手がわかっているから、準備期間はほとんど必要ない。機体と乗員のやりくりさえ付けば、いつでも出発できる。今回は、カイロからローマまでのチャーター輸送を、ドバイのエミレーツ航空が受注したようだが、日本政府の救出機派遣決定から1日もせずに飛行機を出発させている。内々の打診はそれ以前からあっただろうが、カイロ・ローマ双方に定期便を持つエミレーツだからできた素早い対応で、日本から派遣しようとすれば、民間機であれ自衛隊機であれ、こうは行かなかっただろう。それに、日本からカイロまでは14時間かかるのに対し、ドバイ〜カイロの所要時間は約4時間。日本から行くよりもはるかに早く、運航経費も安く、邦人を避難させることができる。

 海外有事での邦人救助で何よりも優先すべきなのは、早く安全に邦人を脱出させることだ。そのためには、日本から救出機を向かわせることが必ずしも最善とは限らない。特に政変などが起きる国・地域は日本から遠く、民間機にせよ自衛隊機にせよ飛行実績の無い場合が多いから、現地の事情に精通した外国エアラインに発注したほうが迅速なミッションが可能だ。救助の迅速性よりも、日本から自衛隊機を堂々と派遣し、現地や世界に日の丸を示す方が大事だ、という考えも理屈としては成り立つが、一刻も早く現地を脱出したい日本人の立場になったとき、そういう考えが妥当かどうか。

政府専用機も「即派遣」はできない
 現用の政府専用機B747-400も、「緊急事態に際しての邦人輸送」や「国際協力平和業務等の国際貢献」が、「要人輸送」と並ぶ任務となっているが、要人輸送以外での任務は非常に少ない。前出の防衛省の資料によれば、2009年度に17回あった実任務運航のうち、実に15回を要人輸送が占める。そりゃそうだろう、と思う。上に書いたような理由で、定期便の就航地以外には、そう簡単に飛行機を飛ばすことができない。1週間程度の準備期間が必要だが、緊急事態は待ってはくれない。迅速に対応できる外国の民間機の方がいい、となるのはごく自然な流れだ。ヘリコプターやビジネスジェットクラスの小型機を国内で運用するなら、要請があり次第どこにでも飛べるが、人員や貨物を大量に積載する大型輸送機を海外に出すとなると、そういうわけにはいかないのだ。

 ちなみに、海外への要人輸送の場合にどんな準備が行われているかと言うと、@パイロットらによる現地空港の訪問調査、A定期便のコクピットに同乗しての経路検証、B実際の政府専用機を使っての検証飛行、という3段階の段取りが行われる。手間も費用も、ムチャクチャかかる。こんな手数を踏まなければ飛ばせられない政府専用機に緊急事態への対応などそもそも無理で、「邦人輸送」だの「国際平和協力」だのという飛行目的は、「要人輸送だけのためにジャンボなんてゼイタクだ!」という批判をかわすための、取って付けた感じがある。

 自衛隊の飛行機でなければ危険な地域に派遣できない・・・という議論は前からあるが、「危険」という言葉の中身を吟味しないまま話が先行するのは意味が無い。危険とはどのような状態を指すのか。滑走路目がけて砲弾やミサイルが飛んでくるような場所であれば、軍用機であれ民間機であれ、飛行すべきではない。人命や機材が失われては本末転倒であり、映画じゃあるまいし、救助作戦は人命を賭してまでやるようなものではない。テロの危険性程度で、他国の民間機が飛行している状況なら、民間機で何ら問題はないだろう。軍用機は現地の住民感情を刺激することがあるから、存在自体が民間機よりも危険な場合があるのだ。そこまで考えれば、海外での有事にのために自衛隊機が絶対に必要、とまでは言えないと思う。

テヘランに飛べなかったのは恥じ入ることではない
 邦人救出の話でよく持ち出されるのが、イラン・イラク戦争中の1985年3月の出来事だ。テヘランに在留する日本人約200人を出国させるために日本航空にチャーター機が要請されたが、日航はこれに応じることができず、代わりにトルコ政府が提供したトルコ航空機で日本人が出国したという出来事。 「だから民間機はあてにならない」「邦人救出用に自衛隊機を」という論拠に使われるが、要請を断った日航の判断がそれほど厳しく批判されなくてはならなかったのか、今となっては疑問が残る。

 記録によれば、イラクがテヘラン空爆を開始し、危険が高まったのが3月12日。そして、イラクのサダム・フセイン大統領が民間機無差別攻撃を宣言したのは3月17日、攻撃開始の期限は3月19日の20時30分だ。テヘランに残る邦人の脱出方針がいつ決定されたかはわからないが、空爆開始の直後だったとしても、期限まで1週間。無差別攻撃宣言の直後に決まったのなら、2日しか時間がない。この短期間で、日本からテヘランまでの長距離チャーター機を準備して出せと言うのは、航空の常識からして、無理な話だ。日航にはテヘランへの定期便実績があったが、当時は休止中。現地の空港の支援体制がどうなっているのか、万一の場合の代替空港などの情報がまったくないまま飛ぶのは無謀というものだ。現地で燃料を補給できずに飛び立てないまま期限を迎えることだってあり得ただろう。当時の自衛隊には、中東まで飛行できる輸送機はなかったが、たとえあったとしても、飛行実績が無く、現地の状況がわからないままで飛ぶのは非常に危険で、命令を出す側だって躊躇しただろうと思う。その点、隣国トルコには十分に情報があっただろうし、トルコ航空はイラン上空を飛んだ経験が、日航よりははるかに豊富だった。こういう相手に救援機を要請したのは非常に利にかなったことで、「日の丸」の飛行機が救助に向かわなかったことを恥じ入る必要は、まったくないと思う。

 世界は広い。その中で、世界中のありとあらゆる空港や航空路の情報を収集・更新し、いつでも、世界中どこにでも安全に飛行可能な態勢を構築することなど、日本の一国の力ではとても無理だ。遠い海外での有事で邦人の救出が必要になった場合、現地の事情に精通した周辺国の政府や航空会社に支援を求めることが最善だと、私は思う。そのために、いつでも協力要請できる外交関係を築くこと、信頼関係のある友好国を世界中に増やしておくことこそ、本当の意味での国防であり危機管理であり、自国民保護だと、私は思うのだが。




Ocean Radio@2011

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<イランイラク戦争>テヘラン残留邦人脱出はどう行われたのか?
 海外での邦人救出のために政府専用機が必要だ、という議論のきっかけになった出来事の一つが、1985年3月のテヘラン脱出事件だったことは、きのう書いた。イラクの空爆の危険にさらされるテヘランに在留する日本人約200人を出国させるために日本航空にチャーター機が要請されたが、日航はこれに応じることができず、代わりにトルコ政府が提供したトルコ航空が救援機を提供した、という出来事だ。いま、インターネットを検索すると、この出来事に関する情報がそれなりに出て来る。ほとんどが、日航に批判的だ。曰く「異郷で... ...続きを見る
旅するデジカメ・札幌発<見る・残す・伝え...
2011/02/03 02:39
ここは酷いセカンドオフィサー制度ですね
ひどかった「ガイアの夜明け」JAL特集 http://www.labornetjp.org/news/2011/0201gaia まあ日経スペシャルだからなw おっさんコパイについても当人の責任に帰することはできないんだよな この人の入社と2人乗務の767の登場はほぼ同時期であった 将来的に航空機関士の消滅が分かっていたんだけれども その辺でパイロット志望者を航空機関士にする変なキャリアパスを作ったようだ そういう意味では買った機材に振り回されるJALの犠牲者でもあるな A... ...続きを見る
障害報告@webry
2011/02/04 22:42
政府専用機をニュージーランドに緊急派遣
 ニュージーランドの地震災害救助のため、政府専用機派遣が、きのう急きょ決まったのだそうだ。今日にも出発するのだという。昼のニュースでは、警視庁や東京消防庁で救助隊の結成式が行われ、隊員が出発してゆく様子を放送していた。現地では日本人も被災しているし、迅速に救助隊を派遣して日本の存在感を世界に示そうという方針は正しい。2年前のタヒチ地震で、救助隊の編成が遅れて中国に先を越されたことも教訓になっているのだろう。 ...続きを見る
旅するデジカメ・札幌発<見る・残す・伝え...
2011/02/23 12:11

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