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zoom RSS 地下鉄は誰のものか・・・国vs都 その象徴としての地下鉄経営

<<   作成日時 : 2012/10/26 23:00   >>

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画像 高速道路の無料化に猛反対した猪瀬直樹東京都副知事が私は好きではなかったが、本書の問題提起は素直に、なるほどな!そのとおりだ!と思える部分がとても多かった。

 東京メトロ(旧営団)と東京都営の二つに分かれている地下鉄の運営を一元化せよ、というのが本書の核となる主張だ。地下鉄が二つの事業体に分かれているために、メトロと都営で運賃が違う、乗り換えるたびに加算料金が発生する、それを避けるようと同一会社で乗り継ぐために遠回りを強いられる人がいる、隣り合ったホームに壁が隔てられ、わざわざ改札を通らないと乗り継げない(九段下駅)などなど、利用者は様々な不便を強いられている。利用者のためには、地下鉄経営は一元化しなくてはならない、ということが、本書では繰り返し述べられる。

 猪瀬氏によれば、現状の東京メトロは、儲かっているにもかかわらず、それを利用者に還元しようとする姿勢がまったくないのだそうだ。バリアフリー化は首都圏鉄道で最も遅れており、車椅子で利用できないトイレも多い。にもかかわらず、社員の賃金は首都圏鉄道で最も高く、それどころか、都内あちこちに持つ有休不動産を使ってビルやマンション経営をやってさらに儲けようとしている。地下鉄から十分な収益が上がるのに、である。その地下鉄建設には税金やら公的資金やらが大量に注ぎ込まれている。しかも、施設管理や車両メンテのために多くの子会社を持ち、メトロ本体や国交省の天下りの受け皿になっているという。

 現在の東京メトロは、形の上では民間企業だが、株式は過半数を国が、その残りを東京都が持つ、事実上の国有企業だ。国は、東京メトロの収益力をさらに高めて株式価値を上げ、いずれ売却することを目論んでいる。そうなると、メトロと都営の一元化は永久にできなくなる。そうなる前に、一元化の道筋を付けるべきだ、と。元々、東京に二つの経営体の地下鉄が共存することになったのは、旧営団一社の資金調達力では地下鉄建設が追いつかず、増大する交通需要に対応できないからであり、両社は将来統合することが前提だった、と。都営は大江戸線、メトロは副都心線によって地下鉄建設は終了し、これ以後の新線計画はないのだから、今が両社を一体化するべき時期だ、と。

 メトロと都営を一体化できないのは財務体質の違いだということは、なんとなく知っていた。都営は地下鉄建設による膨大な借金を抱えており、メトロがそれを背負い込むのはごめんである、と。都営の初乗り運賃がメトロより10円高い170円であるのも、同じ理由。10円値下げすると何百億もの減収になり、借金を返せなくなる。しかし、借金を除いた収益力には両社でほとんど差がないのだから、統合の障害にはならないと猪瀬氏は主張している。都心の地下鉄は確実な運賃収入が見込める金城湯池なのだから借金は確実に返すことができるのであり、借金額の多寡は大きな問題ではない、と。実際、都営地下鉄は2006年度以降は単年度黒字になっており、諸々の経営努力によって、都は借金償還のスピードを上げている。だいたい、都営地下鉄の借金が多いのは、地下鉄建設に着手した時期がメトロより遅く、比較的最近借りた金であることと、新しい地下鉄ほど建設費が高くつくことが理由で、都が野放図経営をやって借金が膨らんだわけではない、と。確実に返せる借金なのだから統合しても問題はなく、利用者の利便性を第一に考えるべきだ、地下鉄は誰のものか、と。

 要は、不動産経営をやったり天下りの受け皿を作ったり社員を高給優遇するほどメトロが儲かっているなら、都営と一緒になって都営の分まで借金を払い、都営の運賃値下げのために儲けを回せ、元々は税金や公的借金で作った地下鉄だろう、ということである。

地下鉄は都民のもの? 国民のもの?
 通勤や毎日の仕事で地下鉄を使っている者としては、メトロと都営、料金の異なる二つの地下鉄があることが、常々腹立たしく思っていた。メトロと都営を乗り継ぐと初乗り運賃を二重取りされるし、改札を通るために駅構内をわざわざ遠回りさせられる。プライベートの外出のときは、都営〜メトロ乗り換えを避けるためにわざわざ遠い経路を通ったりもする。そういう側からすれば、両社を統合して運賃体系を一つにまとめるべき、という主張は、そのとおり!とヒザを打つような思いで読み進んだ。

 けれども本書を読み終えて、いろいろ調べてみると、調べれば調べるほど、両社の統合というのはそう簡単に行きそうにないことがわかってきた。最大の理由は、東京メトロの実質的オーナーは国(財務省)が統合に後ろ向き、と言うより否定的であることだ。理由は上にも書いたように、都営地下鉄がかかえる借金だ。メトロが都営の借金まで背負い込んではしまってはメトロの企業価値が下がり、国と都が持つメトロの株を売るとき、高値が付かない。確実に返せる借金なぞ無いに等しい、というのが猪瀬の言い分だが、株を買おうとする投資家の論理では、借金返済が無ければその分が儲け、つまり株の配当に回るのだから、借金は少なければ少ないほどいい。それはそれで筋の通った話だな、と思う。

 税金と公的借金で作った地下鉄をネタに儲けるとは何事か!と猪瀬は吠えているが、儲け、つまり株の売却益は国に入るのだから国民に還元される、というのが財務省の言い分だ。メトロの給与が高いとか天下りの受け皿をいっぱい持っているとかけしからん部分はあるにせよ、地下鉄建設には国税も大量に使われている。税金で作った地下鉄を原資に国民が儲けて何が悪い、という理屈も成り立ち得る。メトロと都営を統合してメリットがあるのは東京都民だけだが、メトロ株を上場すれば国民全体に利益を還元できる、元々は税金だ、と言われれば、猪瀬は若干分が悪いことになるとではないだろうか。

サービス改善を先行させることでは合意
 そもそも、本書でも繰り返し述べられている「二つの地下鉄」による不便さは、両社を統合しなければ絶対に解消不可能なものなのだろうか。料金制度の違いは、都営がメトロに合わせれば良い話で、単年度黒字を達成し、借金返済のスピードを上げている今なら、メトロの儲けをアテにしなくても、値下げと借金返済は両立できるのではないだろうか。初乗り運賃の二重払い、三重払いも、両社が利益を削って負担すればいいことで、経営を一体にしなければできないことではないはずだ。乗り継ぎの運賃問題が解決すれば二重改札は必要なくなり、駅構内を遠回りさせられることもなくなる。利用者からすれば、メトロだろうと都営だろうと意識せずに利用できる。現に、都営三田線の白金高輪〜目黒は、東京メトロ南北線の線路に都営三田線が乗り入れる形になっているが、運賃は共通で改札もなく、直通運転が実現している。こういう例を東京の地下鉄全体に広げて行けば、ハードルの高い経営一元化をわざわざやらなくても、利用者の利便は図れるのではないだろうか。

 メトロ・都営一元化のために都が求めて設置された協議会は、結論を先送りし、サービス改善を先行させることになったそうだ。妥当な落とし所ではないか、と思う。ハードルの高い一元化の議論に時間を費やし、不便な実態が放置されるのなら本末転倒だ。

 猪瀬の言うメトロと都営の統合論にはそれなりの理由があり、理想の形態であるとは思う。だが、統合に難色を示す国側の理屈も、あながち根拠を欠くようにも私は思えない。もっとも、理屈はあくまで理屈であり、泥棒にも三分の理と言うように、よって立つ位置によって拠り所となる理屈は異なってくる。本書のタイトルは「地下鉄は誰のものか」という問いかけ形式だが、その答えを「都民のもの」とするか「国民のもの」とするかで、一元化論の見え方は正反対になるだろう。

「営団地下鉄」は国による東京支配の象徴だった
 本書では、東京の地下鉄と民鉄の歴史を紐解くことにもかなりの紙幅が費やされているが、それは、民vs都vs国という三つ巴の縄張り争いであった。

画像 昭和2年に日本で最初の地下鉄を開業させたのは、早川徳次が起業した東京地下鉄道という民間企業だ。当時の東京市(後の東京都)は市バス・市電の経営で手一杯で、地下鉄を建設する資金力はなかった。早川は、金策に苦心しながらも独力で、浅草〜新橋の地下鉄を完成させる(右写真は当時の車両=地下鉄博物館にて)。現在の銀座線である。早川からやや遅れて、渋谷から新橋までの地下鉄建設に乗り出したのが、後に東急電鉄社長となる五島慶太が率いる東京高速鉄道である。両社は新橋で相互に乗り入れ、浅草〜渋谷が一本で結ばれる計画だった。だが、両社の協議はうまく行かず、昭和14年(1939)1月に渋谷〜新橋が開通してからの7ヶ月間は互いに新橋を終点とし、新橋から先に行くには地上を経由して乗り換えが必要だった。このとき五島の東京高速鉄道の終点として使われていたのが「幻の新橋駅ホーム」で、今も銀座線の留置施設として使われている。

 五島は早川の東京地下鉄道を乗っ取ることで直通運転を実現しようとしたが、当然、早川は猛然と抵抗する。両社が抜き差しならぬ状態となったところで乗り出してきたのが、当時の鉄道省監督局総務課長だった佐藤栄作(後の首相)だった。佐藤は、喧嘩両成敗的に早川と五島から地下鉄を取り上げ、国と都や私鉄が出資する帝都高速度交通営団(後の東京メトロ)を設立した(昭和16年)。国による、東京の地下鉄支配の始まりだ。国はこれ以後、都や私鉄に地下鉄建設を認めず、東京の地下鉄権益の独占に成功した。国による東京支配である。

 東京都に地下鉄建設が認められるのは戦後の昭和30年(1955)で、上に書いたように、急増する地下鉄需要に国(営団)だけでは建設が間に合わないことが理由だった。しかし、都に割り当てられたのは下町の押上と都西の馬込を結ぶ区間(後の都営浅草線)で、当時国(営団)による建設が決定、あるいは開業していた丸の内線(1954年開業)、日比谷線(1961年開業)、東西線(1946年計画決定、64年開業)などよりも乗客数が少ないとされた路線だった。これ以後、東京都も続々と地下鉄を建設するが、都心を通る超高需要路線を国(営団)が、それ以外の路線を都が受け持つという構図がずっと続いてきた。

 そういう経緯を見て行くと、メトロと都営地下鉄の一体化を求める猪瀬の主張は、都民の利便性アップという実利的な目的よりもむしろ、地下鉄を通じた国の東京支配からの脱却という、政治的・イデオロギー的な風合いを帯びたものであることが、わかってくる。そしてそれは間違いなく、都知事石原慎太郎の考えを受けてのものだろう。国会議員として思うようなことができずに都知事となった石原の、国に対する怨念のような思いである。

 猪瀬副知事の求めで設置された協議会は、メトロ・都営の統合論に結論を出さず「引き分け」とし、サービス改善を先行させることになった。メトロ・都営の乗り継ぎ割引の対象駅が拡大されるほか、本書でも再三やり玉に上げられている「九段下駅ホームの(メトロ・都営を隔てる)壁」も、来年春に向けて撤去工事中だ。両社が今後も協議を続け、二重改札の撤廃や乗り継ぎの利便性向上に取り組めば、二社に分かれている地下鉄の不満は解消されて行くのではないかと思う。

 そして何より、石原が「投げ出し」というカタチで都庁を去り、強力な後ろ盾が消えたいま、メトロ・都営の統合論は今後どんな方向へ行くのだろう、と思う。






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