旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

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zoom RSS 「席を譲る」はモラルに期待してはいけない

<<   作成日時 : 2014/01/08 23:00   >>

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 仕事始めに託けて電車にまつわる鬱憤をネチネチと書いてしまったついでに、前から気になっていたことを記しておこうと思う。電車内での「席を譲る」という行為について。

 この件、「僕が電車で席を譲らない理由」 なんていうブログが公開されて、それに対する賛否両論でちょっとした炎上状態となっていたり、「電車 席 譲る」なんてワードで検索すると、あれもこれもといろんなブログやツイッターや質問コーナーの回答(Yahoo知恵袋みたいなやつ)が出てきたり、安倍晋三大好きの友人(40代女性)が、「なんだかどんどん日本が品性が低くなっている気がする。。」などと嘆いていたり、思考の材料には年がら年じゅう事欠かないのだ。

「座りたい」はみな同じ
 実際問題、東京の電車で「席に座る・座らない」というハナシは、切実な問題なのである。通勤通学、あるいは買い物など日常の移動で45〜60分、あるいはそれ以上電車に乗り続けるのが当たり前。それだけの長時間、揺れる電車内で立ったままでいろというのは、体力自慢の若者にだって、相当な苦行なのだ。(そんなことはない、それくらい我慢しろ、という人も当然いるだろうけど、私はそう思う。なんてったって、新千歳空港〜札幌の36分間立たされるのが苦痛でしょうがないヤワな人間なので) だから、席取りゲームはいつだって壮絶。空席をめがけて突進してくる人を毎日必ず見かけるし、始発電車に座って乗るために列車を数本見送ったり、「座りやすい駅」(始発電車が設定されていたり、乗り換えで乗客がごっそり入れ替わるような駅)の近くにわざわざ住む人だっている。こういう状況は、クルマ移動が中心だったり、混雑電車に乗っても15〜20分の辛抱、という札幌程度の地方都市に住む人は想像すらできないのでは、と思う。私も東京に来るまでそうだった。

 電車に立って乗っていて、私の目の前の席が空いたとき、あるいは一つ横の席が空いて、その席から最も近い乗客は誰が見ても私であるようなとき、目にもとまらぬ速さですり抜けてその席に別な人が座ったという経験が、何度もある。どう見ても私より年下、ということも多い。そういうときは、こう思うようにしている。この人はこの先、ずっと何十分も乗っていなきゃならないんだろうなぁ、とか、風邪だか二日酔いだか知らないが立っているのが辛いんだろうなぁ、とか、女性であれば、貧血かなぁ、とか、もしかしたら生理痛で辛いのかなぁ、とか。私は、自宅と職場の行き来が20分程度だし、仕事で都内を移動するときはもっと短い時間しか乗らないから、座れたらラッキーとは思っても、忍者並みの俊敏さを駆使してまで座りたいとは思わないけれども、かかえている事情は人それぞれ。要は多くの人が「座れるなら座りたい」と思っているのだ。

 こういう現状にあって、「妊婦や高齢者には席を譲りましょう」ということを利用者のモラルに期待することは、原理的に不可能であることをまず認識すべきだと、私は思う。認識すべきなのは鉄道会社と、「最近の若者はモラルが・・・」なんて言ってるウザイ大人たち。上に書いたように、若者であろうとなかろうと、座席に座りたいという思いは誰彼共通。まして、席を確保するためにそれなりの努力をした、なんてほざいているヤツにモラルだのなんだのと説いたところで、一切無駄だ。もっと言えば、政府や国会が企業が率先して「勝てば官軍」「金が儲かりゃそれでいい」「金儲けの前には道理が引っ込む」と手本を見せている中で、下々の者どもにモラルを期待し、「他人のことを思いやろう」などと説教を垂れるのは愚の骨頂、ちゃんちゃらおかしい話である。

 とは言っても、立っていることの苦痛度が10〜50代と比べてどう考えても高いと思われる60代以上の人や、苦痛どころか危険でさえある妊婦の方が着席できない状況が、あっていいわけがない。では、どうするか?

「優先席」ではなく「専用席」を設置せよ!
 私は、唯一の解決策は「専用席」の導入だと思う。現状、ほとんどの電車に設置されている「優先席」(高齢者等には優先的に席を譲る座席)を、すべて「専用席」にする。高齢者、妊婦、けが人、障害者、こういう着席対象者以外は「座ってはいけない」席にする。「専用席」である旨を繰り返しアナウンスし、そこに若者や中年が座ろうものなら、確実に周囲から鋭い視線が浴びせられ、とても座っていられないような状況を作る。

画像 実は、この専用席方式は札幌市営地下鉄で導入されていて、札幌の地下鉄はどんなに混雑していてもこの専用席は1〜2名分は必ず空いているから、座席が必要とする人(誰もがそうだと認める人)は、安心してそこに座ることができる。ある程度の規模の交通機関で、「優先席」ではなく「専用席」としているのは、札幌以外に私は知らない。札幌出身者として、ちょっとは誇らしげな気分にさえなる。

 もちろん、このやり方に対しては「混雑しているのに専用席だけ空いているなんて、スペースの無駄だ」という批判が常にある。「立たされている身にもなれ。1〜2名でも座れば、立席空間に余裕ができるんだ」などと言う人までいる。けれども、これは考え方の問題なのだ。たとえ若干スペース上の非効率があったとしても、高齢者・妊婦等が確実に着席できることを担保するのか、それとも、わずか1〜2名、あるいは2〜3名立席空間に余裕を持たせるために、座るべき人が座れない、席を譲ってもらえない電車を是とするのか。どちらが人にやさしい電車か。私は、「専用席」方式だと思う。

 くどいが、「席を譲ること」をモラルに頼っていては、状況が良くなるわけがない。「座りたい」のはみな同じ。それに、一般席でも優先席でも、座って眠りこんだりスマホに夢中になってしまえば、周りは見えない。それをいいことに、「寝たふり」を決め込むヤツがどれほど多いか。

 札幌方式を、どこの鉄道会社も、真似ればいい。





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