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zoom RSS 「衆院解散」について思うこと

<<   作成日時 : 2014/11/13 11:45   >>

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 衆院解散が近いのだそうだ。2年前の12月に総選挙があったばかりなので、「マジ!? またかよ!」と、まず思う。けれども、主要メディアがこれだけ「解散」と伝え、具体的な投票日程まで出ているのだから、やはり解散はあるのだろう。誰が言い出したのか、誰がウチワであおいでいるのかは知る由もない、一番知りたいことをメディアは巧妙に隠ぺいするが、「解散風」というのは本当に、不思議なものだ。

 そのわりに、明確な争点があるようにも思えない。本当なら「集団的自衛権」「特定秘密保護法」「原発」「沖縄の米軍基地」・・・前回の選挙で争点となるべきだったこれらのことを改めて問うべきなのだろうが、そんな気はさらさらないだろう。国の行く末を決める大事なコトは、民意を問わずに勝手に決める。どうでもよいことを争点のように見せかけ、白紙委任を取り付けたようにふるまう。「総理の、総理による、総理のための解散」。きのう夜のニュースで、こう解説しているキャスターがいた。その通りだと思う。そんなもののために、何百億もの国費をかけて、選挙をやろうとしているわけ?

 衆院解散は「総理が保有する伝家の宝刀」ということになっているが、これを規定しているとされる憲法第7条と69条には、いわゆる「積極解散」の規定はない。先例、学説ともに、今のような積極解散が否定されているわけではないようだが、これによる弊害はもっと論じられてよいと思う。

 端的に言えば、解散でいつ職を失うかわからない衆院議員たちにちゃんとした政策論議、政策研究ができるのか、ということである。常に選挙に備えておかねばならない不安定な身分が、行政府に影響力を持ち、有権者に約束した政策を実現して行くべき国会議員として妥当なのかどうか、ということである。

 さらに言えば、自党に有利なタイミングでいつでも解散を打てる現慣行は、それ自体が野党に著しく不利、与党に有利であり、公平の原則に反していないか、これで民主主義が機能するのか、ということである。


 衆院が解散できることを逆手に取り、弱体化してきた政権に野党が政局を仕掛けることにも、解散権は利用されてきた。どっちにしても、健全なこととは燃えない。短期的な支持率向上ばかりに気を取られ、丁半賭博型、スケープゴート型の政治になりやすい。

 触れられた形跡があまりない論点だが、「総選挙は任期満了を原則とすべし」という議論が、そろそろ出てきてもよいのでは、と思う。肌感覚として、2〜3年に1回の総選挙というのは、間隔が短すぎる。一定年限、腰を据えて政治に取り組み、決められた時期が来たら堂々と有権者の審判を受ける。こういう当たり前の「民主政治」が、なぜできないのだろう。






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