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zoom RSS 沖縄の一部が持つ「戦艦大和史観」

<<   作成日時 : 2014/11/17 23:00   >>

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画像 沖縄知事選挙で、アメリカ海兵隊の辺野古基地建設に反対する翁長雄志前那覇市長の当確が報道されたその夜、前日放送されたニュース特集の録画を見ていた。選挙を前に、辺野古移設賛成派・反対派双方の言い分、立場を伝える現地リポート。

 「戦艦大和は沖縄を救うために向かって、途中で沈没しちゃった。だから大和は好きですね」。そんな言葉が耳に入って来た。ながら見で一瞬他のことに気を取られていたので「聞き間違えか?」と巻き戻してみたが、たしかに、そう言っている。声の主は沖縄の有力経済人で、画面はその人物のオフィスに据えられた戦艦大和の大型模型を映し出した。

 なんとノーテンキなことを、と思った。太平洋戦争史に少しでも関心のある人なら誰でも知っていることだが、大和を中心とする艦隊による沖縄作戦が決行された1945年4月、艦隊が沖縄までたどり着き、米軍の上陸戦から沖縄住民を救出できるなどと考えた人は、作戦指導部にも艦隊司令部にも、誰一人いなかった。日本近海を米軍潜水艦や航空機が哨戒していて、途中で米軍に発見され、攻撃を受けるとことは間違いなかったからだ。艦隊司令の伊藤整一中将は「成功の見込みが無い」と出撃を断ったが、「一億総特攻の先駆けとなれ」と言われて命令を受諾した。「戦果を上げろ」ではなく「死にに行け」ということなので、軍人として命令に従ったのだ。これも戦史では有名な話である。つまり、海軍に本気で沖縄を救出する気などなく、ただひたすら「死ぬため」「死なせるため」に、大和は沖縄に向かわせたのだ。そして予想どおり大和は米軍機の猛攻撃で撃沈され、随伴艦艇を含め3700名の将兵が死んだ。そういう史実があるのに、「沖縄を助けに来た大和」などと語るのは、軽さを通り越して、こいつバカだな、と正直思った。

 そういう語りの部分をカットせずに放送した制作者には、何かの意図があったのだろう。バタバタとしたカメラの動きからして、予期せぬところで思わぬ発言が飛び出した、そういう雰囲気が画面から伝わった。

 後に調べてわかったことだが、「戦艦大和は沖縄を救いに来たが途中で沈んだ」という解釈は、「沖縄集団自決に軍は関与していない」などと言う側が好んで使う論法らしい。たとえば、ネット上にある「沖縄集団自決の真実」である。「カミカゼも戦艦大和も沖縄を救うことはできなかった。しかし、救うために必死の攻撃を繰り返したことはたしかである。日本の最後の戦艦「大和」は、沖縄のために出陣したのであり、沖縄の御楯になったのだ」とある。

 アホらしい。

 体当たり攻撃の効果がほとんどないことは、軍上層部がちゃんと認識していた。そして、途中で撃沈されるとわかっていながら、大和を沖縄に向かわせた。沖縄を救おうだの、救えるだのという考えは、前線兵士はともかく、上層部には微塵もなかった。

 1944年の半ば以降、日本軍にはまともに戦う手段が残されていなかった。けれど戦争はらやめられない。だから、死ぬしかない。死ぬことが目的化され、美化され、死ぬとわかっている作戦に何万人もの将兵が投入され、そして命を落とした。本土や沖縄が空襲や地上攻撃にさらされ、何十万人もの民間人が犠牲になるのも、戦争の勝敗がほぼ決して以降のことだ。始めたら誰も止められない。惰力のすさまじい強さ。いまと似てない?

 ちなみにこの人物は、きのうの沖縄知事選挙で、ある候補を支援していた。そういう文脈で、VTRに登場した。その候補が当選したか否かは、想像してみてください。






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