旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 教育の「数値的効果測定」について思うこと

<<   作成日時 : 2014/11/14 23:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

画像 「私たちが重視しているのは教育です。訓練じゃない。訓練とは決まった形をマスターすること。教育は、じっくり考えるプロセスを重視し、結果がいつも同じとは限らない。両者はまったく質の異なるものです」

 こんな話を聞いたのは6年前、アメリカの海軍兵学校を訪ねたときのこと。


 なぜこんなことを思い出したかというと、小学校の35人学級は効果がないから40人学級に戻せ、と財務省が言い出しているから。けさの新聞でも、アメリカでエビデンスベースト教育(教育経済学)を学んだ中室牧子慶応大准教授が、「35人でも40人でも教育効果に有意な差異は認められない」というようなことを語っていた。

 教育に、数値的、数次的、外形的効果測定が可能かどうか。そのように効果測定が可能なものを「教育」と呼んで良いのかどうか。極めて議論の余地のある命題だと私は思う。

 効果を測定するには、係数可能な明確なゴール、目的・目標がなくてはならない。100m走のタイムが何秒とか、そういう数値目標である。学校教育において、特に様々な価値観を持つ子どもたちが集まる公教育において、そういう数値目標を設定することが果たして可能なのかどうか。もちろん、数学のテストの点数が何点かは測定可能だと言われるだろうが、テストで高得点を取ること「だけ」が学校教育の目標になり得るだろうか。「本校の教育方針」などと書かれた文章はどこの学校にもあろうが、そこに「●●テストで何点以上」とか「●●学校に何人合格」とか「「いじめの覚知件数何件以内」などと書かれているものがあれば、見せていただきたい。たいていは「豊かな人間性を育む」とか「人格の完成を目指す」とか、そういう漠然とした、どうとでも解釈できる、非外形的なことが書かれているはず。つまり、それこそが教育活動の本質で、数値的、外形的な効果測定を行うことが根本的に不可能なアクティビティなのだ。ワタシはそう思う。

 で、冒頭の米海軍兵学校の話。同校の内容が真に教育的かどうかはともかく、重要なのは「教育と訓練は異なる」という論点だ。数値的、外形的な効果測定が可能なのは「訓練」であって、「教育」ではない。この二つはしばしば混同されがち(アメリカでさえも)だが、要注意である。

 訓練であれば、「72時間の教習で自動車運転技術を習得する」「半年の学習でTOEFL●●●点を取得する」「1年の学習で●●大学に合格する」「3年の学習で司法試験に合格する」という明確な、外形的な目標設定が可能だ。だが「自分らしく生きるための自己表現力とコミュニケーション能力、社会の形成者として人々や自然との共生、具体的な生活に生かせる実践力を大切にした教育を進め、創造力豊かな子どもを育て」る(某公立小学校が掲げる教育目標)などということの効果が達成できているのかどうか、どうやって計数・計量するというのだろうか。

 たとえば、算数の計算をどうしたらうまく教えられるか。その指導法研究のために、テストの点数を到達点の指標として用い、数値目標を設定することは可能だろう。そこまでは否定しない。しかし、学級人数という教育活動全般かかわる命題について、計量的効果測定が可能であるかのように論じ、投資と効果を語ろうとする姿勢には、違和感を通り越して嫌悪感さえ感じてしまう。

 く どいが、教育効果を数値的、計量的、かつ中短期的に測定することは、根本的に不可能である。できることは、先人たちが積み上げた「こうであろう」「これなら効果があろう」というメソッドを、継続的に、緩慢に、愚直に実行していくこと以外にない。

 思うに、教育活動の費用対効果を科学的に検証せよ、あるいは検証可能だと言ってる人たちは、簡単に言えば、自分たちの払った金をいますぐ還元しろ、と言いたいのだと思う。要するに、教育を金儲けの道具として使おうとしている。そういう発想がどれほど教育をダメにしてきたか、いやというほど実例があるのに、まだわからないらしい。

 そういえば、前述の中室牧子慶大准教授は、竹中平蔵氏の弟子で、日銀勤務もあるという、専らのマネー畑らしい。さもありなん、という感じ。新自由主義の信望者で格差社会の肯定論者だろう。だからこそ、教育活動の効果は測定可能、効果が見込めるものにしかカネを注ぎ込むべきじゃない、というビジネスマインドバリバリの発想が出て来るのであろう。この中室准教授はブッシュ政策のNCLBA(落ちこぼれ防止法)に出て来る、「scientifically based research」「evidence based」という考え方を基本にしているようだが、この落ちこぼれ防止法自体、さらなる格差を生むとの批判がなされ、オバマ政権で大幅に修正されたことを知らないはずがあるまい。

 教育政策を「evidence based 」で行ったアメリカの公教育は、どうなったか? 日本どころではない徹底した予算カット。その結果が、格差の拡大と貧困層の増加だ。医療費と学費ローンの返済が自己破産の二大要因となっている。こういう国のマネをしろということなのか。

原理的にそもそも不可能な、教育の効果測定。それをやろうとすると、予算削減と教育の格差拡大に必ず行きつく。

画像










テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
教育の「数値的効果測定」について思うこと 旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる