旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

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zoom RSS 選挙結果について、思ったこと

<<   作成日時 : 2014/12/15 23:00   >>

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深い溜息とともに、訛りの空気に包まれたような朝を迎えた。5年後、10年後、20年後、この国はどんなカタチになっているのだろう。選挙のたびに感じていた思いがまたしても、強まった。

正直に告白すると私は、自民党圧勝の予測が繰り返し報じられる中で、有権者は最後の最後に絶妙なバランス感覚を示すだろう、メディアの予測ほどには議席を伸ばさないのではないだろうか、ということに密かな期待を抱いていたのである。それは見事に、裏切られた。

史上最低の投票率の低さ、ということがまずある。自民党圧勝とは言え、国民全体から見れば、4分の1と少しの信任を得たに過ぎない。国民の半分が、政治に対して何ら態度を表明しない、しようとしないという現実をどう見るのか。

思うに、投票しない人というのは、あれこれ考えるのが面倒な人なんだろうと思う。与党の政策は支持できない、けれども野党に積極的支持を与える気にもならない。投票する先がない。ありきたりな解説かもしれないけれど、投票率がこれだけ低かった背景を推測するとしたら、そういうことだと思う。

考えてみたら、安倍政権がこのまま続いたとしても、来月来年の私たちの生活が劇的に変わることは考えにくい。3年後も、消費税が10%になる以外はたぶんそう変わりはしない。そして消費税は、誰が、何党が政権を担当しようと、増税することが決まっている(共産党以外は)。

けれども、5年後、10年後、20年後はどうだろうか。自民党政権がこのまま続くということは、企業に儲けさせ、その恩恵が庶民に及ぶという「トリクルダウン」理論を前提とした政策が続くということである(何度も書いているように、この理論が機能しないことは証明済みである)。労働規制の破壊的緩和で雇用の質は劣化を続け、実質賃金は下がり続け、先を見通せない労働環境の中で少子化はますます進行し、社会保障財源は底が見え、老いも若きも「格差」はわざわざ語る必要がないくらい当たり前のこととなる。また、円安は今のままの続くか、さらに進むだろうから、ありとあらゆる生活物資が値上がりし、生活は当然苦しくなる。安倍晋三は街頭演説で、「円安で日本は強くなる」などと指を立てて悦に入っていたが、冗談じゃない。石油から家畜のエサまで、ありとあらゆるものを輸入に頼るこの国で、円安は円高よりもはるかにタチが悪いことに、どうして気づかないのだろう。「民主党政権下で進んだ円高のため日本の製造業は外国製品に対して競争力を失った」、子どもだましもいい加減にしろ。価格しか競争力のないモノを作ってどうする。

一方で、「公平公正」「特定機密保護」の名の下に表現規制は進み、一罰百戒の萎縮効果で、言いたいこと、言うべきこと、が言えない、言いづらい世の中になる。表現規制だなんて大げさな、と思う人は、来月都内で開かれる「表現の不自由展」を見てほしい。護憲をテーマにした集会で公共施設の会場が貸してもらえず、広告掲出も断られる世の中である。大学の人事や授業内容が、脅迫という暴力によって容易にねじ曲げられる世の中である。街角に渦巻く卑劣な差別憎悪扇動表現が野放しの世の中である。政権与党が報道番組の演出方法にまで口を出す世の中である。ネットを偏愛し、既存メディアへの敵意を露わにする安倍晋三が総理大臣でいる限り、この傾向は強まる。間違いなく強まる。

気づけば、選挙公約には全くなかった憲法改正案が国会に上程され、衆参3分の2の賛成を得て発議される。「公平公正」原則で手足を縛られたメディアはまともな検証も論評も一切できないまま国民投票が実施され、低投票率ながら改正案は過半数の承認を得る。自衛隊は軍隊となり、軍役未経験者への差別というカタチで実質的な徴兵制が敷かれる。日本軍は海外で現地の人々を殺害し、日本人はテロの標的となる。そのテロを封じ込めるとして、あらゆることが監視下に置かれる。

安倍政権のその先にある、5年後、10年後、20年後に想像力を働かせるなら、これくらいのことは十分に「あり得ること」だと、私は思う。そして、こういう最悪の筋書きから少しでも距離を置くために、自民党以外の政党、候補に票を入れる行動は、十分に理のある投票態度であっただろうと、私は思う。

だが、多くの有権者はそういう行動を取らないどころか、投票そのものに行かなかった。その理由は、上記のような安倍ワールドの到来を積極的に望むということではもちろんなく、あれこれ考え、想像力を働かせるのが面倒くさい。そこまで悪いことは起きないだろう、という根拠なき楽観だったのではないだろうか。

前々から言われていたことだが、集団的自衛権だの特定機密保護法だの憲法改正だの、個別の政策への支持率は高くはない。むしろ、反対が多い。けれども、それらを推進する自民党がこれだけ圧倒的な勝利を得た背景を考えると、安倍政権の先にあるものへの想像力への欠如、面倒くささ、それが大きかったのではないか。投票は、悪いものの中から最悪以外の選択肢を選び出す作業だ(この考え自体は丸山眞男がオリジナルで、同じようなことをいう識者は多い)、と選挙のたびに書いて来た。が、悪いモノの中から良いもの選んだり、良いモノの中から最良のモノを選ぶことはできても、悪いモノの中から「より悪くない」モノを選び出すことは、そう容易いことではない。有権者の半数が棄権という事実は、想像力の欠如と面倒臭さの忌避、その結果だと私は考えている。

投票は国民の「権利」、あるいは「義務」だという言い方を、よく目にする。権利も義務も、どこかおかしいと私は思う。民主主義社会において選挙で投票するという行為は、生物が呼吸するのと同じように、生存上必須の所行であると思うからだ。「オマエには息を吸う権利がある」「オレには呼吸する義務がある」なんて言い方は、ジョークのネタでしかないだろう。投票についても、同じ。「息しなきゃ、死ぬで」。言うべきことは、それだけではないか。

呼吸をやめれば、生物は死ぬ。事実、この国の民主主義は死にかけている。

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