旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

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zoom RSS 広島にて・・・オバマ訪問に思うこと

<<   作成日時 : 2016/05/28 17:37   >>

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 札幌に赴任して1週間、今度は広島に来た。オバマ大統領の訪問時期と重なったのはまったくの偶然で、何ヶ月も前から決まっていた日程だ。きのうは街中が厳戒態勢だったらしいが、一夜明けると打って変わって、いつもの様子になっていた。

 オバマ大統領の広島訪問は全国的な大ニュースで、何を語るのか、謝罪はするのか、被爆者は謝罪を求めるのか、それこそ一挙手一投足に注目が集まった。

 原爆にまつわることが語られるとき常々思うのだが、日本=被害者、アメリカ=加害者、という図式はなぜずっと固定化されたままなのだろう。

 歴史的経緯を振り返れば、日本の指導部は少なくとも1945年初頭の時点で、戦争継続能力はもはやなく、終戦しか選択肢がないことを認識していた。同年4月に総理大臣となった鈴木貫太郎は、戦争を終わらせよという天皇の密命も受けていた。ソ連への和平工作では「千島も樺太も満州も残留邦人も、みなくれてやる」とまで言った。7月には、無条件降伏を受諾せねば国土に壊滅的被害を招くとのポツダム宣言も発布されていた。

 何を言いたいかというと、原爆投下に到達する以前に、日本は戦争をやめるという選択肢を持っていたし、それはやろうと思えば十分にできたことなのである。軍部の継戦意志がいかに強固だったとしても。アメリカ側に、原爆を実戦使用したいという思惑があり、それは人種差別的意図に基づいたものだったとしても。ポツダム宣言の文章が、最後通牒としては理解しづらいものであったとしても、である。

 1945年8月中旬、政府首脳が無条件降伏やむなしとの判断に至った背景に、原爆投下とソ連の侵攻があったことは、明らかな事実である。その意味において、「原爆投下が終戦を早めた」というアメリカの理屈は、日本人としては甚だ不愉快ではあるが、間違いとまでは言えない。だからと言って、原爆の非人道性・犯罪性が阻却されるわけではないが、原爆を落とされるまで戦争を本気でやめようとはしなかった歴史的経緯を総括し、日本の指導部の責任を問うことなしに、日本=被害者、アメリカ=加害者という図式に凝り固まっていては、世界から共感を得ることはできないだろうと私は思う。広島市民は間違いなく被害者だが、本当の加害者は誰なのか。

 1945年8月11日から14日にかけて、「無条件降伏」という判断がなされていなければ、九州全土が沖縄のような焦土と化していたし、北海道はソ連の支配下に置かれていた。

 あの戦争は「誰が」始め、「誰が」「なぜ」終わらせたのか。私たちはこの問いに、十分な答えを出せているだろうか。
【Ocean Radio@2016】

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