旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

アクセスカウンタ

zoom RSS JR北海道の断末魔〜「単独維持困難」発表に思うこと

<<   作成日時 : 2016/11/18 23:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

画像 ついにJR北海道が、不採算路線の大幅整理の大方針を正式発表した。10路線13区間が「単独で維持することは困難」。うち3線区はバス転換による路線廃止、残る10線区は上下分離方式による存続を地元と協議するのだという。路線のざっと半分が整理対象となる、未曾有の大転換である。

 発表された内容自体は、今年の夏頃からチラホラと先行報道されていたこととほぼ同じなのでそれほど新味はない。が、JR北海道の社長が自ら会見し、「(現行の路線を維持するのは)民間企業ができるレベルをはるかに超える」「何も似なければ2019年度末くらいで必要な安全資金を確保できなくなる」と語ったインパクトは大きい。要は、万策尽きて線路を手放す話をする以外になくなった、ということだ。そうでなければ倒産する、ということだ。JR北海道という会社は、断末魔の悲鳴を上げているのである。

 これについての感想は、先月詳しく書いたことがあるので、これから書くことはそれと重複するのだが、思うことを記しておきたい。

 ここまで追い込まれるまで、なぜ放置してきたのか。感想はその一言に尽きる。

画像 地方路線の多くが惨憺たる状態であること、このままでは存続が危ぶまれることは、10年以上前からわかっていたことなのだ。それに対して、何の危機感も抱かなかったのはどこの誰か。鉄道に替わる交通機関を模索するでもなく、鉄道に頼らない街づくりを目指すでもなく、世論に窮状を訴えて公的支援を前提とした鉄道維持の新たな方式を提案するわけでもなく、鉄道のことはJR任せにしてきたのは、ほかならぬ地元自治体ではなかったか。

 危機感は抱いていた、と言うかも知れない。だが、それでどういう策を打ったのだろう。小手先の利用促進策くらいはやったところもあろうが、鉄道維持のためには平均輸送密度2000人/日/qが必要だと言っているときに、500〜1000人の超赤字路線の乗客を1〜2割乗客を増やしたところで(それすら実現できたらすごいことだが)焼け石に水でしかないことは、高校生でもわかる理屈である。

 JR社長の発表を受けて新聞やテレビには「容認できない」「地方切り捨てだ」「陸の孤島になる」という地元の声が一斉に出た。一利用者がこれを言う気持ちはよくわかるが、町長や役場の幹部がこういう発言をするのを見ると、厳しい言い方だが、白々しさを禁じ得ない。即座に問い返してやりたくなる。「だったら今までなぜ、放置してきたんですか?」「JRが膨大な赤字を抱えたまま未来永劫列車を走らせてくれるとでも思っていたのですか?」と。

 結局のところ、町長たちが「断固反対」などと声を上げるのは、町民や道民に向けてのポーズ。腹の中では、「地元で負担せよと言われても金はないし、廃止はしょうがないか。でも抵抗ぐらいはしておかんと」くらいに考えているのがホンネではないだろうか。私はそのように思う。実際のところ、自家用車がこれだけ普及した現代では、鉄道が廃止されて本当に困るのは運転のできない高校生と高齢者の一部だけ。町民の1割もいるかどうか、だ。廃止に同意したところで、有権者の怒りを買って次の選挙で落選するような心配はない(しかも、高校生のほとんどには選挙権がない)。観光客の足として重要とか、風景の一部となっているとか、地元住民の鉄道愛が例外的に高くない限り、膨大な負担をしょいこんで鉄道を維持するくらいなら、1割の町民に不便を強いることになっても廃止はやむを得ない、というのが鉄道を抱える地域の有権者の最大公約数的な心情ではないだろうか。「反対」と声を上げている町長たちもそのへんをよくわかっていて、廃止と引き換えに少しでも有利な条件を引き出すことを狙っている、そのように思えてならない。

■交通インフラは生存権の一部
 テレビを見ていたら、どこかの大学の先生がこんな話をしていた。「道路も空港も税金で整備維持しているのに、鉄道だけは何から何まで民間企業で負担せよというのはおかしな話。生活や観光の手段として地方鉄道が絶対に必要だというのなら、バスや飛行機と同じようにインフラは税金で維持して企業は運行に専念する仕組みを作らなくてはならない。海外ではそういう考え方が主流だ」。その通りだと思う。公共交通機関を採算性という価値観で見ることそのものが、本質的に間違いなのだ。面積が広く人口希薄、かつ積雪寒冷という過酷気象を抱える北海道で民間企業が鉄道を維持することの難しさは30数年前の分割民営化当時から言われてきたことでもある。

 交通インフラは国が保障すべき生存権の一部であり、経済原理だけで存廃が取沙汰されるのは、警察や消防活動の「採算性」を議論するようなもので、民主国家としてあってはならないことなのである。これは池澤夏樹氏が地元紙に書いていたことだが、国民は地方都市に住む権利があり、その先の山奥に住む権利があり、そこでも「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」は保証されなくてはならないのである(10月3日北海道新聞夕刊「交通という権利〜鉄道は営利事業なのか」)。だが、こういう理屈が学者センセイではなく地元の声として主張された記憶が、ほとんどない。「鉄道維持は受益者負担」「不採算路線は廃止やむない」という国の理屈に慣れきってしまい、疑問を持たなかった地元の側にもあるのではないか。

 国による鉄道支援は、今になって色々なメディアで語られるようになっているが、時間が足りなすぎると思う。JR北海道はこの問題を2〜3年で決着させたい雰囲気だが、国が地方鉄道を支援するような新たな仕組みは、そんな短期間で合意できるようなものではない。ムリにやれば、廃止や第3セクター化を了承した他地域との不公平感も出てしまう。残念なことだが、霞ヶ関にも官邸にも、地方の赤字路線を維持することに前向きな役人や政治家がいるようには思えない。それは、鉄道事業で多くの赤字を抱えたまま株式の上場を認めたJR九州への対応を見ていても容易に想像がつくことである。彼らは、儲かることにしか関心がないのである。そういう中で、世論や地元選出の国会議員を味方に付けて新たな仕組み作りをはたらきかかけて行くには、最低でも5〜10年の時間が必要だ。

 残された時間の少なさと、町村が単独で膨大な鉄道維持費を手当できる見通しは限りなく薄いことから、厳しい結果が予想されるだろうと私は思う。それは、目の前を走る列車の赤字垂れ流しに見て見ぬフリを決め込んで来たツケである。弱者を切り捨てているのは誰か、という話なのである。
【Ocean Radio@2016】

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
JR北海道の断末魔〜「単独維持困難」発表に思うこと 旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる