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zoom RSS 電話が苦手な人が増えている・・・というハナシ

<<   作成日時 : 2017/07/25 23:00   >>

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 けさのラジオで「電話の受け答えが苦手な人が増えている」という話題をやっていた(FM北海道「Brilliant Days」)。電話をかける前には「これから電話してよろしいですか?」とメールするのが新マナーとなりつつある、のだとか。

 「冗談じゃないぞ」という気がする。ビジネスの世界は瞬間のレスポンスが生命線。メールで返事を待つ、なんて悠長なことはやってられない。それが他人の時間に割り込むようなことになっても、それはお互い様。割り込みのやりあいを許して行かないと仕事は進んで行かない、そういうもんだと思う。何度メールをやりとりしてもさっぱり進まない案件が電話1分で解決、なんて経験も数知れず。メール数往復は電話1分にかなわないこともあるのだ。

 とは言え、ビジネス以外の場面、プライベートの友人たちとのやりとりで電話をかける機会が激減したのも事実。LINEやFacebook Messengerでのやりとりでほぼ用が足りるので、電話の必要性が無い。送っておけばいずれ読まれる(可能性が高い)ので、送った側としては人の時間を邪魔しているような恐縮感は薄らぐ。スマホをお互いに見ていれば用件は瞬時に伝わるし、返事をするのも簡単だ。GmailのようなPCベースのメールがBtoCを含むビジネス以外ではほとんど使われなくなったように、電話という通信手段もプライベートのコミュニケーションシーンにおいて急速に遠ざかりつつある、ということは言えるだろう。いまや、仕事の場面以外では電話番号なぞうかつに聞けないし、関係性が成熟していない相手に電話をしようものなら、確実に怪しまれる。と言うより、応答してもらえないだろう。私自身、ここ数年で新たに知り合った友人たちの顔を思い浮かべると、仕事用の名刺を交わした場合を除いて、電話番号を知ってるケースはほぼゼロ。電話の必要性は、それほど乏しくなった。

 そういう世の中だから、若い人たちが「電話が苦手」という気持ちもよくわかるし、そういう流儀が今後ビジネスの場面に浸透してくる可能性も、無きにしも非ずと思う。電話を使わずにどうやって仕事をするのだ? と思うが、そういう感覚が既にオッサンなのかも知れない。「最近の若い人は仕事で電話を掛けようとしない」などと、言うようになるのだろうか。仕事で電話を掛ける必要がなくなればオフィスはずいぶん静かになるだろうし、煩わしい電話の取り次ぎからも解放されるから悪い話ではなかろうが、電話と同等のビジネス上の通信手段が確立する日は来るのだろうか。

■「電話が苦手」はコミュニケーションの希薄化志向
 それにしても、時代の流れとは言え、電話の退潮は寂しい話だな、と私は思う。なぜなら、コミュニケーションと言うのは人の時間を「奪う」「邪魔する」こと、言い換えるなら、時間を「共有」することが本質だと思うから。時間の共有度合で見れば、最も度数が高いのが会って一緒に過ごすこと(さらにその上は一緒に暮らすこと、生計を共にすること)、その下に電話の会話というのがあって、LINEやMessengerのやりとりは、そかこらだいぶ下だと思う。LINEのライブチャットにしても、「ながら」ができる時点で、時間の共有度はだいぶ下がる。耳と口だけは相手に集中しなくてはならない電話会話とは、そこが根本的に違う。

 思い返せば、10代・20代のころ(1980年代後半〜2000年代前半)、親しくなりたいと思う相手には必ず電話をかけて、脈のありやなしやを推し量ったものである。長電話が成立するようならこの先の進展が見通せるし、いつも短く終わるなら期待薄。2000年ごろから携帯電話メールが普及するようになったが、それでも大事な用件や大事な人との会話は電話が基本だった。電話が面倒とか煩わしいという人は、そういなかったように思う。意中の人からのコールを受けるのには格別のトキメキがあったし、応答できないときは必ずこちらからコールバックし、「出れなくてごめんなさい」から会話が始まったものだ。30代、40代となって公私ともに忙しさが増すと、長電話をしている余裕など日常生活からほぼ消えたが、それでも、電話で話したいと思う人はいるし、「電話は苦手」などとは言いたくない。

 電話を苦手とする理由は「他人の時間を奪いたくない」「自分の時間を奪われたくない」という相手と自分への配慮が基本にあるようで、「電話の前にメール」も、着信スルーで「自分ががっかりしたくない」「相手に申し訳ないと思わせたくない」という気持ちからなのだろうと思う。でもね、上にも書いたように、コミュニケーションの本質は相手の時間を「奪う」ことと、それを「許す」ことにあると私は思うのだ。時間の共有とは、自分の領域(時間)に相手の進入を承認することでもある。突然のコールにちゃんと出てくれるのなら、それなりに関係が進展した証となろうし、それができない(電話に出ない)のであれば、まだその程度の関係でしかない。電話は相手と自分との関係性を推量する貴重なバロメーターで、そういうものを「苦手」として遠ざけ、LINEやmessengerだけでコトを済まそうという姿勢は、コミュニケーションの希薄化を意味するんじゃないの、と思うわけ。

 そういう水で薄めたようなやりとりの先に、どんな人間関係が構築されて行くのだろうと、私は思う。

【Ocean Radio@2017】

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