旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 角松敏生・12月9日中野サンプラザ公演について、再び

<<   作成日時 : 2017/12/12 23:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 カドマツ話がやめられない。先週土曜日(12月9日)の中野サンプラザでの定期演奏会の感想を書いた後で、音楽ライター・金澤寿和氏のブログを読んだら、私の感想に近い内容が書かれていた。来春に東京アンサンブルラボのトリビュート作品(カバーアルバム)「Breath From The Season 2018」を出し、ブラス10人のビッグバンドでツアーを回る、という発表があったことについて。

「解凍以降の角松は、オリジナル新作と企画性の強い新録アルバムを交互に出すのが、半ば基本パターン化していたはず(例外アリ)…」。

「あれだけオリジナル新作や新しい挑戦にこだわってきた彼が、5年もオリジナル新作から遠ざかるのは、ハッキリ言って尋常ではない」。

「創作意欲やアイディアはあれども、それが形にならないと言っていた。それがまだ続いているなら、これはちょっと由々しき事態」。

 その通りだと思う。角松敏生とデビュー前から親交があり、親友とも盟友とも呼べる金澤さんでさえ、そのように感じるわけだ。「尋常ではない」「由々しき事態」という言葉に、並々ならぬ危機感を感じる。いや、彼の音楽を真剣に聞いて来た人ほど、カバー作品が続くことに違和感を感じるのだ。

 2014年に「THE MOMENT」を出したときに、ライブMCで角松自身が語っていたことを思い出した。「REBIRTH 1」(2012年)の好調セールスを受けて、レコード会社から「今度は"REBIRTH 2"でどうですか?」と提案された。でも、「ああいうものはそんなにしょっちゅう出すもんじゃない」と言うと、「じゃ、角松さんの好きなようにやってください」となり、日本の音楽史上ほとんど例がない長大楽曲に取り組むことにした・・・こんな話だった。こういう経緯を知っているからこそ、「ああいうもの」を3年も続けて出すという角松敏生に、どうしちゃったの? という思いを禁じ得ないのである。

 1980〜90年代にあれほどの人気を誇った杏里だって(ブレイクのきっかけが何だったかはここに敢えて書くまでもあるまい)、この10年で見ればオリジナルアルバムを1枚しか出せていない。ライブ活動も、いまやホールコンサートよりもディナーショーやビルボードなどの飲食前提の会場の方が多い(2017年はホール7回、ディナーショー等8回 ※ソロライブのみ)。企画アルバム(セルフカバー・ベスト)は10年間で9枚も「量産」しているから、CDを出せばそこそこのセールスを見込める(投下した製作費との損益計算で)のかも知れないが、オリジナル作品のリリース頻度といい、ライブの回数や動員規模といい、活動の低調化は否めないだろう。角松敏生が同じ轍を行かないと、言い切ることができる状況ではないと思うのだ。

 レコード会社としては、確実にヒットを見込める企画を求めるのは理解できる。そして、角松敏生の場合、オリジナル作品よりも80年代からのファンが喜ぶカバー作品の方が販売枚数を予測しやすい、というのも、おそらく正しいだろう。でもね、アーティストというのはオリジナル作品を出してこそ、だと思うわけよ。セルフカバー作品なんて結局は「過去の遺産」で商売をするわけで、それは角松が最も嫌い、そしてバカにさえしていたことなんじゃないの。2000年代のツアーで、「過去の遺産で食ってるような人も多いけど、自分はそうはならない」ということを盛んに言ってたことを、わたしゃ忘れないぞ。そして、これは金澤氏も書いていることだが、往年のファンたちも納得する1980年代のテイストを持ったダンスミュージックを今のスキルでオリジナルで作ることは可能なはずなのだ。20代を思い起こさせるようなギンギンでファンキーでイケイケな(古い形容詞を3つも並べてごめんね)新曲を私は聞きたいし、周りのファンからもそんな声を多く聞く。もちろん、そんな時流に安易に乗る人物ではないのだろうけれども、現在のスキルで、リメイクカバーよりもファンに受け容れられる作品を作り出すことは、できないわけがないだろう。でものそためには「様々なライヴで忙しすぎる環境や制作サイクルから抜け出して時間を捻出しないと、考えがまとまらないと思うんだけど」(金澤氏)ということなのだろう。だとするなら、収益のためにやっているライブ活動が忙しすぎて新作が作れないという、ファンからしたら本末転倒が起きていることになる。ライブの回数を絞ってでも、新作制作に没頭する年があってもよいのではないか。

 CDが売れないご時世、ライブを数こなさないと商売にならない(生活できない)というのはよくわかる。けれども、やはりアーティストの活動はレコード(CD)とライブの二本立てでなければ、と思うのだ。ライブはファンの記憶に残るけれども、レコードは永遠に記録として残るもの。レコード(Record)という単語自体、元々「記録」という意味だからね。1981年のデビュー以来36年間、オリジナルアルバムは1枚たりとも廃盤にしていない(たとえ自分が納得行かない作品でも)角松は、誰よりもそのことを理解しているはずだ。だったら、新作に集中する期間をもっと捻出してほしい。アルバムに収録するアーティストの歌唱や演奏は「記録するに値するもの」でなければならない・・・これも、2000年代の角松がライブでよく語っていたことだ(TDKのキャッチコピーでもあったが)。今の角松敏生には「記録するに値するもの」がないのか、と言いたくもなる。

 もう一つ思い出したのは、「もの作りはすごく苦しい」と話していた、山下達郎の言葉。ドーム公演やディナーショーをやらず、海外公演もやらず、CM出演も断りつづけ、ホールライブによる全国ツアーと愚直な作品作りを続ける理由として、山下は次のように語っていた。「ものを作るっていうのはすごく苦しいことですからね。そこで楽なやり方を選んで金を得ると絶対に自分のパッションに影響が出る。それで曲が書けなくなって精神的に潰れていった人を何人も見てるからね」。深い言葉だ。確実なヒットとツアー動員が期待できるカバーアルバムを3本も続けて出すという角松敏生のやろうとしていることは、山下流に言う「楽なやり方を選んで金を得る」ではないのか。「REBIRTH 1」に始まるここ数年のカバー作品の成功は、角松のパッションに影響していないと言えるのか。山下の言う「曲が書けなくなって精神的に潰れていった人」にだけはなってほしくないと切に願う。が、その一方で、ファンとして冷静に観察すれば、既にその兆候が見え始めていると記しておくのが、公平というものだろう。

 ガンバレ、カドマツ。言いたいことは、その一言だけ。






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
角松敏生・12月9日中野サンプラザ公演について、再び 旅するデジカメ〜札幌発東京定住日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる