JALのMD-11が退役~悲運だった3発ワイドボディジェット

041012-MD11  10月12日、成田発の香港行きの730便を以って、日本航空のMD-11が全機ラインから退役した。初号機の導入からわずか10年ちょっとという、近年の日航では異例の短命ジェットだった。

 MD-11はマクドネル・ダグラス社(2001年にボーイングに吸収合併)が開発した300席級のワイドボディジェット機で、DC-10をハイテク化して2名乗務を可能としたものだ。1990年1月に初飛行し、翌91年に就航したが、当初発表していた航続距離が達成できなかったことに加えて、ボーイングB777やエアバスA330といった、定員が似通った双発機に人気が集中したために販売は振るわず、2001年12月、わずか200機で生産を終了した。

 MD-11の生産終了を以って、ボーイングB727から始まった3発ジェット機の時代、そして1970年代から始まった3発ワイドボディジェット機の時代は、終わりを迎えたと言っていい。

 ボーイングB727は1832機を生産する大ベストセラーとなったが、ワイドボディ機として開発されたダグラスDC-10、ロッキードL1011トライスター、そしてMD-11の3つの3発機は、結局どれも商業的には成功しなかった。それは総生産機数を見れば明らかで、トライスターは230機(1982年生産終了)、DC-10は386機(1989年生産終了・ほかに米軍機KC-10Aとして60機を生産)、MD-11は前述のとおりわずか200機で生産を終えている。

 ロッキード、ダグラスの両メーカーが当初目標とした販売機数(採算ライン)はトライスターが300機、DC-10は500機だった。しかし、似通った飛行機が同時期に市場に出たためにセールスは苦戦し、ロッキードは世界各地で賄賂をばら撒いたためにアメリカ議会で追求を受け(その日本版がロッキード疑獄)、ダグラスはDC-10をトライスターより先に就航させようと開発を急いだため貨物室ドアに欠陥があり、事故を連発させて航空機メーカーとしての信用を失墜させた。

 結果、ロッキードは赤字に転落して民間機から撤退、ダグラスも、軍用機メーカーのマクドネル社と合併して建て直しを図ったものの、DC-10、そしてMD-11の販売不振が尾を引いて、後にボーイングに吸収された。

 両機の販売不振は、石油ショックによる燃料高騰や旅客減、さらには旅客機市場への返り咲きを狙うヨーロッパ勢がエアバスA300という、史上初の双発ワイドボディ機を登場させたなど、外部要因もあった。しかし元をたどると、ダグラス、ロッキードという2社が同時期に、3発のワイドボディ機の開発を決断したこと自体が、悲劇の始まりではなかったかと思えてくる。

 もしも、3発機を開発したのがダグラス、ロッキード、どちらか1社だったなら、その販売は大成功したのではないか。そしてメーカーは存続し、トライスターまたはDC-10(MD-11)の発展型が、今も世界の空を飛んでいたのではないか、そんな気がする。そして、もしそうであったなら、A340やA380に代表される、今日のエアバスの成功はなかっただろうと思う。

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