「週休二日」がいまだに社会的合意とならないこの国は・・・

画像 週休二日制を導入している企業は全体の45%にすぎない、そんな記事が土曜日の朝日新聞に出ていた。しかも、近年はこの数字がまったく増えていないのだという。企業の競争が激しくなり、社会の24時間化、365日化が進み、特に中小企業を中心に「休める」企業が増えないからなのだそうだ。

 身心の健康を維持するために週に2日は休むべき、という価値観がいまだに国民の共有事項となっていない、そういうことらしい。

 私は「事実上の週6日制」の職場にいたこともあるが、週1日しか休みがないのと、週2日休めるのとでは、疲れ方、と言うか生活の充実度がまるで違う。週1日だと疲れを取るのに精一杯、趣味的な活動に充てられる時間はほとんどなかった。(それでも若かったから、たまには少ない休みに遊びまくり、疲れを引きづりながら仕事に戻るくらいの元気はあったものだが)

 際限なき利便性の追求、サービスの追求、利潤の追求、そのためには働き手の健康や心のゆとり、今流で言うところのワークライフバランス、なぞどうでもよい、というのがなんとなくの社会的合意なのだろうな、と思う。
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 こんな大人社会の「現実」と、世の8割を超える保護者が学校の週6日制を求めている、という現実は、ぴたりと相似形をなす。要するに、そういうことなのだ。大人も子どもも、週に6日は職場や学校に行くべきだ、と。世の大多数の人は、そう考えているのだ。週に2日も休まれては、必要な部品が届かない、商品が届かない、サービスを受けられない、店が開いていない、必要な学力がつかない。だから働き、学校に行きなさい、と。

 そこまでして必要な商品やサービスって何? 学力って何?

 そういう問いかけは置いてきぼりにされたまま。

 前に書いたことと重なるが、学校が週6日に戻れば、企業や役所の5日制は後退する。「大人も週に6日働くべきだ」という圧力が強まり、今かろうじて、およそ半数で実施されてる週休二日制は「特別にゆとりがある」企業だけのものとなるだろう。「週6日が世の流れ」という空気が漂い始めるのを心待ちにしている経営者の顔が浮かぶ。

 学校を週6日制に戻すということは、世の中の仕組みを昔に戻すとかそういうことではなく、ただ「現実」に合わせるいうだけのことかも知れない。週2日も休むというヤツは怠け者だ、と。

 「あるべき姿」の議論は誰もやろうとしない。






Ocean Radio@2013





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