ブラックバイトとしての塾講師体験

 ブラックバイトが急増中」 という記事を読んで、大学時代にやっていた塾講師のアルバイトのことを思い出した。20年以上も前の話だけど、いま思えば、これもかなりブラックだった。

■「時給1800円」に惹かれて応募したが・・・
 働いていたのは、札幌ではそこそこ名の通った進学塾で、歯科医である経営者が学生時代に創業したと聞いた。バイト情報誌で「時給1800円」という高給に引かれて応募したのだが、簡単な筆記試験を受けて採用されると、「研修中の時給は600円」と聞かされた。求人書面とは異なる賃金条件、ブラック世界ではよくある話である。塾教室での「教育実習」のような研修が2週間ほど続いた後にオーディションに合格し、晴れて本採用、時給1800円の世界に昇格か、と思えば、賃金の支払対象になるのは授業をやっているときだけ、スタンバイその他はすべて無給、ということを初めて知らされた。

 大学生と塾講師、という二足草鞋の生活が始まったが、講師として稼働する日は本部に一旦出頭して、担当ブロック長からその日の指示申し送りを受けなくてはならなかった。授業が終わったら本部に引き上げてブロック長に報告、テストや課題のマルつけ、さらに生徒自宅への電話がけ。これがみな無給である。自宅への電話は、保護者や本人と話すことによる「家庭学習状況の把握」というサービスの一環と表向きはされていたが、実際には「退会防止活動」だった。電話内容はすべてブロック長に報告し、「塾に嫌気がさしている」気配のある生徒には、社員講師が説得に当たるのが常だった。中学生向けの授業なので、授業は午後5~6時から2時間半~3時間くらいだったが、本部と教室との行き来や授業後の付帯業務やらで、バイトがある日は3~4時には大学を出て、帰宅するのは12時
近かった。これが週2回、補習や代講が入ると週3回だから、かなりの忙しさだった。

■会議も補習もタダ働き・・・「やりがいの搾取」
 授業後の夜間には、指導教科や指導法に関するチーム会議が頻繁に行われた。バイト講師5~6人に社員講師のブロック長が統率するというチーム制で3程度の教室、9~12程度のクラスを担務していた。受け持ちクラスの成績をどれだけ上げるかとか、クラスの誰と誰を重点指導生徒とするか(成績が上と下の子を引き上げれば全体のレベルが上がるという理屈で、それ自体は誤りではないが)、なんてことをチーム全員の前で宣言させられたりした。会議は深夜に及ぶこともあったが、もちろん無給。学校の定期テスト前には補習授業もやらされたが、これも無給だ。

 どう考えても違法。会議や補習でタダ働きさせる理屈が、見事だった。「キミたちは生徒たちの成績を上げることが仕事だ。その目標を達成するために、会議で学び、自主的に補習するのが当然だろ」。そう命じる社員講師たちも、ほとんどが学生バイト上がりの20代で、年齢が近いこともあって、バイトを飼い馴らす手腕には長けていた。専業の塾講師になろうという人だから、もともと性格は人なつっこく、物言いは理路整然としているので、どんなにムチャを言われても、なんとなく相手が正しいような気になってしまう。そして、「キミたちを頼りにしている」「キミは講師の素質がある」などと、おだて上げてやる気にさせる。夏冬の休み前になると土日に本部に呼ばれ、学級名簿みたいなヤツを基に入塾勧誘の電話がけ。これも無給。もうメチャクチャ。ブラックバイトの見本のようなものだった。

 中には「洗脳」され、学業もそっちのけで本部に入りびたりになるような学生もいた。こういうバイト講師は、バイト代で中古車を買い、クルマを持っているからとアテにされ、遠方の教室を駆けまわらされ、会議が深夜に及び終電が無いときなど、講師仲間の宅送までさせられるなど、会社のいいように使われていた。今流で言う「やり甲斐の搾取」というヤツだ。やがて「預けられた生徒を途中で放り出して辞めるなんて、無責任だと思わないのか」などと社員講師と同じようなことを言いだすようになる。実質時給800円かそこらのバイトにそこまでの責任を持たされるなんて冗談じゃない、と腹の中では思っていた。

■指導内容はいい加減そのもの
 バイト先の塾は「進学塾」という看板だったが、クラスで真ん中か、ちょっと上くらいの成績の中学生が主体だった。指導の内実もかなりいい加減で、講師は「数学・理科・英語」「英語・国語・社会」の系統分けで、大学での専攻など関係なく教えさせられた。とは言え、専攻以外の科目にたいした教科知識があるはずもなく、かと言って授業科目をじっくり勉強するような時間もないから、指導要領書の丸読みで適当に教えることになる。教える科目やクラスが突然変更になることもザラだった。

 そんな講師で、生徒の成績なんてそう上がるはずがない。生徒たちには気の毒な気もした。もちろん、中には成績が良くなる生徒もいたけれども、そういう生徒はもともと向上心が強く、自分で勉強したりやり方を工夫したりするから成績が上がるのだ。大学は英文科だったので英語には自信があったが、国語や社会の授業に関しては、ちょっと勉強ができる子(クラスでトップくらいの)からしたら、アホらしくて時間の無駄と思われるような授業しかしていなかっただろう。それだけは記憶にある。

 けっきょく、塾というもののアホらしさと生徒たちへの罪悪感とで、10か月で辞めた。それでも、3~4か月でどんどん辞めるような中で10か月は、長い方だったようだ。辞めるときにはずいぶんと引き留められた。「こんなバイトすら途中で投げ出すようじゃ、半端な社会人にしかなれないぞ」とか、「金を稼ぐことがそんなに簡単なことと思うな」とか、「受け持ってる生徒に申し訳ないじゃないか」とか、「お前をしっかり育てろと預かったんだ。オレの顔をつぶすな」とか、硬軟取り混ぜて、入れ替わり立ち代わり、いろいろ言われた。退職をすんなり認めないのも、ブラック企業に共通の手口だよね。そこそこ経験を積んだバイト学生に抜けられるのが痛かった、そういうことだろう。

 タダ働きが多く、実質時給は800円くらいではあったが、トータルでの収入は月に4~5万くらいはあった。それに加えて、夏冬の講習会が、2週間くらいの稼働で12万円。大学生としては悪くはなかったと思う。けれども、そのために費やす時間の膨大さ、心労の多さと拘束感。それに加えて、マジメに通う中学生たちへの罪悪感。ローンで購入したワープロ代金14万円の支払が終わり、念願だったアメリカ放浪旅の資金(約40万円)が溜まったところで、潮時と判断したのだった。

■ブラックバイトの構造
 こんな経験をしてるから、ブラックバイトなんて今に始まったことじゃない、監視の目の届かないところ、弱い立場の人間に対して企業はいかにテキトーなことをやるか、ということを身にしみてわかってはいるつもり。「おかしい」「違法だ」とわかってはいても、職を失うのは嫌だ(新たなバイトを探すのが面倒だし、仕事を変えても賃金が支払われるまでにタイムラグがあるから、その間は無一文になってしまう)から、指示に従わざるを得ない。

 だた、20数年前の昔と今の違いは、バイトの目的ではないだろうか。私らの頃は、月に何万もバイトで稼ぐ学生たちの主な目的と言えば、クルマを買うとか旅行に行くとか、遊ぶ金欲しさだった。今の学生の多くは、聞くところによると、生活費や学費の足しにバイトで働かざるを得ないらしい。だから、ブラックでもなかなかやめられない。そこに付け込んで、学生を雇う側はますますブラックの度を深める。そういう構図があるようだ。

 私が働いていた塾はその後何年かして、大手に吸収されるカタチで廃業し、プロパー講師(正社員)の多くは合併先に移籍したらしい。経営者は塾を追われ、本業だった歯科医に専念したようだが、そのさらに何年か後で、保護責任者遺棄致死という、教育者・医療従事者とは思えない事件で逮捕・起訴され、実刑判決を受けた。




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