舛添要一都知事のファーストクラス批判をめぐって

きのう自宅でTBSのN23をたまたま見ていたのだが、生出演している舛添知事を前に海外出張でのファーストクラス使用をネチネチ批判していたのが、ひどく見苦しく思えた。ビジネスクラスで十分だの、アップグレード分は自分で払えだの、自腹で海外に行くならファーストクラスに乗るのか、などなど。

うるせぇ、余計なお世話だ! と思った。庶民面すれば視聴率が取れるとでも思っているのだろうか。ファースクラスが何のためにあるのか、考えたらいい。エライ人をエラそうに見せるためにあるのだ。1000万有権者の負託を受けた都知事のファーストクラス利用がけしからんと言うのなら、Fクラスは誰のためにあるのか、という話だ。しかるべき地位の人にはしかるべき待遇を与え、しかるべく働いてもらう。そういう発想がどうして受け容れられないのだろう。

公務員だから、財源が税金だからけしからんと言いたいらしいが、国務大臣だって省庁の事務次官だってファーストクラスだ。これが批判を浴びているという話は、寡聞にして聞かない。東京都に比べれば国家財政のほうがはるかに危機的なのに、だ。大臣や役人トップはよくて都知事が批判を浴びるというのは、詰まるところ、地方行政を国政よりも下に見るという差別の構造があるからではないか。そして、「選挙で選ばれた」見えやすい標的で、攻撃しやすいからではないか。ひどく不健全だ。

私は舛添に投票したわけではない。むしろ、自民党を飛び出したにもかかわらず自民党から支援を受け、猪瀬直樹辞任の漁夫の利で都知事に当選した舛添には「クソ野郎」と言いたいくらいの気持ちがある。だが、それはそれ、これはこれ。

都知事のファースクラス批判は、弱い者イジメであり、争点そらしだある。議論すべきことは他にいっぱいあるだろうが。この報道のために日の目を見なくなる大事な事月どれだけあるか、考えてみたらいい。

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