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zoom RSS <イラン・イラク戦争>テヘラン残留邦人脱出の真相を考える

<<   作成日時 : 2011/02/02 23:00   >>

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画像 海外での邦人救出のために政府専用機が必要だ、という議論のきっかけになった出来事の一つが、1985年3月のテヘラン脱出事件だったことは、きのう書いた。イラクの空爆の危険にさらされるテヘランに在留する日本人約200人を出国させるために日本航空にチャーター機が要請されたが、日航はこれに応じることができず、代わりにトルコ政府が提供したトルコ航空が救援機を提供した、という出来事だ。いま、インターネットを検索すると、この出来事に関する情報がそれなりに出て来る。ほとんどが、日航に批判的だ。曰く「異郷で危機的状況におちいっていた200名もの同胞を見殺しにするような行い」。曰く「日本人がこんなに危機に直面しているのに、何故日本の航空機が救出に来ないのか?」。「自国民ですら見捨てるJAL  こんな企業に血税をめぐんでやる必要はない」。

 この事件は、2000年以降テレビのクイズやバラエティ番組(TBS「世界・ふしぎ発見!」、フジテレビ「奇跡体験!アンビリバボー」、NHK「プロジェクトX」など)で取り上げられたために一気に知名度が上がり、「親日国トルコ」「自国民を見捨てる冷酷企業JAL」などのイメージが広がったようだ。けれども、実際のところはどうだったのだろう? こういう番組に、娯楽的要素を高めるための演出や誇張した表現がなかったのか? 当時の現地の状況や、日本政府・日航との間で、どんなやりとりが交わされていたのだろう? 気になって、少し調べて見ることにした。

 調べると言っても、すぐにできるのは、図書館で当時の新聞の縮刷版をめくってみる程度なのだが、新聞記事から関係する事実関係を拾い出すだけでも、かなりのことがわかる。何より、記事が伝える当時の肉声感覚は、様々な情報や思惑がごちゃまぜになったネット上の情報よりは真相に近いと思う。

 朝日新聞によると、イラクによる1985年のテヘラン空爆は、3月12日(現地時間)が最初。午前2時時半すぎ、テヘラン上空にイラク機3機が飛来して市内数か所を爆撃、5人が死亡、5人がけがをしたが、日本人に被害はなかった。以下、同紙の記事を引用しながら、当時の様子を再現してみる。

【テヘラン14日=吉田(秀)特派員】イラン各都市の空爆が激しくなるなか、テヘランで働く日本人やその家族が疎開を始めた。(略)日本の会社から引き揚げを指示された会社は、テヘラン発の国際線が次々とキャンセルされているため、対策の立てようがないでいる。(15日朝刊)

【テヘラン14日=吉田(秀)特派員】(略)すでにテヘラン在住イタリア大使館の家族が自国機の特別便で脱出するなど、外国人の脱出がはじまった。国際便は運航中止が続出している。(略) (15日朝刊)

【テヘラン16日=吉田(秀)特派員】在テヘラン日本大使館は16日、イラン在住の日本人に対し、やむを得ない人を除き、出来るだけ早く出国するよう勧告した。(略)ちょうど20日から現地の正月休みに入るため、かなりの邦人が出国する予定で切符を確保している。しかし、テヘラン発国際便の運航中止が相次ぎ、日本の航空会社が運航していないため、日本人は座席の確保が難しい状態だ。同大使館は各航空会社と交渉しているが、いまのところ色よい返事はなく、大使館として近く、日本航空に特別便の運航を要請する電報を送ることにしている。(17日朝刊)

【ニコシア17日=鈴木特派員】イラク政府のスポークスマンは17日、各国航空会社に対し、今後イラン上空を航行禁止区域と設定したうえ、19日午後8時(日本時間20日午前2時)以降、イラン上空を航行するすべての航空機は、イラク空軍の攻撃対象となる、と告した。(18日朝刊)

【テヘラン17日=吉田(秀)特派員】イラクのイラン空域飛行禁止発表によりイラン発着の国際便は運航中止が続出することが予想される。イラン在住の日本人は17日夕現在、700人以上が残っているとみられ、このほとんどが航空便での出国を予定している。国際線が運航中止となれば、出国がきわめて難しくなる。(18日朝刊)

【テヘラン17日=吉田(秀)特派員】(略)在住外国人の混乱はますます深まっている。ルフトハンザ航空(西独)は17日、フランクフルト行きの定期便を中止して特別便を飛ばすことにした。特別便は西独人優先で、定期便の切符を持っていながら席にあぶれた日本人も出た。多くの外国航空会社がイラン人の予約客を断り、自国人、次にその他の外国人優先に切り替えた。日本の航空会社は来る見込みがないと見切りをつけ、日本企業やその家族は必死で情報を集めたり、航空会社の窓口に問い合わせたりしている。空港は空席待ちの人々でいっぱいだ。多くの日本人が、航空便の予定日まで、市街地を出て山中の村などに疎開している。(18日朝刊)

【ニコシア17日=鈴木特派員】(略)各地からの情報を総合すると、英国航空は17日夕、政府勧告に基づき、週各2便乗り入れているイラン、イラクへの運航を中止したと発表した。イラン国内航空はすべて運航を停止、オーストリア航空の定期便、ルフトハンザ、フランス航空、トルコ航空の各社がおしなべて今後の情勢の移り変わりを見たうえで検討したいとしている。イタリアのアリタリア航空はすでに、イランへの便を中止している。(18日朝刊)

【テヘラン18日=吉田(秀)特派員】イラク軍の「19日夜から空も戦争区域とする」との警告で、1日前にもかかわらずテヘラン発国際便はルフトハンザ航空(西独)、スイス航空、英国航空など各便が軒並み欠航となった。このため、これらの便で国外に出ようとしていた外国人在住者は途方に暮れている。在留邦人は、日本政府が特別機を飛ばす交渉をまとめることに人薄地の機体をかけながら、18日の3度目のバクダッド攻撃に報復は必死と、心理的パニック状態になっている人が少なくない。(略)連日の空襲警報下で、在留邦人の最大の関心は、どうやってイランを脱出するか、にある。(略)外国航空の特別機は一部が19日午前まで運航予定だが、ギリギリになって予約した日本人客がはじき出されはじめている。どこも自国民優先だからだ。午前1時から昼の便の空席待ちで真っ暗な空港に並ぶ人は「なぜ日本からの救援機が来ないのか」と怒りをぶちまける。(略)日本大使館は18日、イラン航空に対し、テヘラン〜日本直行便の増便、あるいは機種を大型に替えて増席してくれるよう申し入れた。(19日朝刊)

 外務省は18日、イラン・イラク戦争の激化にともないテヘラン在住の在留邦人約500人の引き上げ用チャーター機手配を始めた。(略)同省はチャーター機確保の方法として、欧州などの航空会社数社のイラン便が運航を再開するという情報があるほか、イラン航空が、脱出を希望している在留邦人のうち約180人を乗せる大型機を用意してくれる可能性がある、として19日も関係航空会社に協力を要請する。日本航空にも、19日以降も救援機派遣を要請することがありうる、としている。これに関連し外務省首脳は18日夕「チャーター機を出すとしても、テヘランまで乗り入れるのは難しい」と述べた。イラン在留日本人の国外脱出のため外務省から救援機派遣の検討を依頼された日本航空は、18日夜までに「帰る便の安全が保障されない」として、乗り入れは断念する方針を固めた。(19日朝刊)

 安倍外相は19日の閣議後の記者会見で、イラン・イラク戦争の激化に伴うイランの在留邦人引き揚げ用チャーター機の手配について「在留邦人から日航機派遣が要請されており、どういう形にするか、現地で打ち合わせをしている。日航側も協力するという基本的立場だ」と述べ、日航特別機派遣を前向きに検討していることを明らかにした。さらに、安全運航の確保について「イラン、イラク両国に完全な安全航行を確認しないといけないだろうし、(外交ルートを通じて)あらゆる角度からいろいろやっている。婦女子だけでもまず救出しなければならない。人命の問題だ」と述べ、両国に引き続き攻撃の自制を求めていく考えを示した。(19日夕刊)


 緊迫の度合いがだんだんと増してゆく様子が、これらの記事からわかると思う。時系列を整理すると、イラクによるテヘラン空爆が始まったのが3月12日。大使館が在留邦人に退避勧告を出したのが16日(現地時間)。テヘラン発16日の記事で「大使館として近く、日本航空に特別便の運航を要請する電報を送ることにしている」と書かれていることから、外務省から日航に対してチャーター機派遣の要請があったのは、日本時間の17日から18日にかけてだろう。ところが、イラクの設定した民間機無差別攻撃の開始期限は日本時間の20日午前2時(現地時間19日午後8時半)。期限までにイラク領空外に出るためには、遅くとも日本時間20日午前0時(現地時間午後6時半)にはテヘランを離陸しなくてはならない。テヘラン国際空港での搭乗と燃料補給に2時間、現地までの飛行に12時間かかるとして、数時間の「余裕」を見込めば、18日深夜か19日未明には日本を出発させなくてはならない。19日午前の出発だと、時間的にはギリギリだが、道中で機体トラブルなど不測の事態が起きれば、期限までにテヘランを出発することができない。

 要請からたった1日で、片道フライトに半日もかかる遠方に、しかも刻々と状況が変わる戦争当事国にチャーター機を派遣しろ、というのはそもそも無理だっただろうと思う。不測の事態が生じてテヘラン出発が遅れ、乗員乗客と機材に危険が及ぶことまで想定すれば、とてもそこまでの決断はできない。日航が救援機派遣を断念したのは、「同胞を見殺しにした」とか「自国民を見捨てた」とか、そういう次元の話ではまったくなく、現地の緊迫度合いと政府からの要請のタイミングでは、危険で不可能な任務だったのだ。「決死の覚悟で救助に向かう」なんてのは、映画ならばカッコイイが、現実に日航機が撃墜されでもしたら、飛行を決断した側は重大な責任を問われることになる。救助作戦と言うのは、二次遭難を起こしてはならないというのが鉄則なのだ。

画像 結局、テヘランに残っていた日本人のうち出国を希望する約250人は、期限とされた19日午後8時半を前に全員がテヘラン空港を出発した。250人のうち、大部分に当たる215人がトルコ航空機で出国したが、エールフランス、ルフトハンザ、オーストリア航空などで出国した日本人もおり、トルコ航空だけが救いの手を差し伸べたわけではない。また、約80人が引き続きイランに留まった。残留したのは大使館員や商社員、報道関係者などだ。退避勧告が出ているとは言え、いわゆる「自己責任」で留まることは容認されるレベルだったと考えるべきで、「無差別攻撃が始まれば、もうイランから脱出不可能であった」といのは、ドラマチックではあるが事実とは違う。空港であてもなく出国を待つ日本人からすれば、自国の飛行機が来ないことで「見捨てられた」ように感じる気持ちはわかるが、そこだけに注目してしまうと、実際に起きていたことを見誤る恐れがある。

 当時の新聞によれば、トルコ航空の座席提供は、外務省が各国政府に協力を要請する中で、トルコが要請に応じた形になっていて、その背景として、「日本がイラン・イラク両国と等距離外交の姿勢を取っていること」「トルコ経済援助を強化していること」が影響したと分析している。これに関しては後に、在テヘランの日本大使が個人的に親しくしていたトルコ大使に対し、いちるの望みを託して協力を願い出た・・・という説明もしばしばされているようだが、真相がどうであったかは、よくわからない。このときにトルコ大使が「エルトゥールル号事件のお礼です」と語ったとされるが、事実関係も含め、発言の真意は確認できない。取って付けたリップサービスだった、ということも十分あり得る。何気ない発言が、当人の意図を超えて後世に語り継がれるというのも、よくある話だ。

 この手の話はしばしば、「美談」としていろいろな脚色が加わりがちだから、注意しなくては、と私は思う。確かなのは、当時の日本がトルコに対し強力な経済援助を行っていたこと、いざとなったら頼りにできる外交関係の構築を重視していたこと、そしてイランの隣国であるトルコは、地球の裏側の日本から救援機を派遣するよりは、救助のハードルがはるかに低かったことだ。

画像 この出来事の翌日、「決断遅れた救援機〜イラン脱出 現地と協議手間取る」という検証記事が、朝日新聞に載った(21日朝刊)。これによれば、外務省の初動は以外に素早く、在留邦人の疎開や一部外国人の出国の動きが始まった15日(日本時間・以下同じ)の時点で、日航にチャーター機派遣検討の要請をしていた。これを受けて日航は、B747による運航計画を固め、乗員を指名するなど準備に入った。そして、イラクが設定した安全飛行期限までに救出を終えるために、19日午前1時45分までに成田を出発するスケジュールを設定、準備時間も考慮し、18日夕方を外務省の正式要請のリミットとしていたという。ところが外務省は、現地が救援機を必要としているかの意向確認を優先したため判断がもたつき、日航の設定したリミットまでには正式要請を出すことはできず、派遣は流れてしまったのだという。この記事を読む限り、救援機を派遣できなかったのは、日航が要請を拒否したのではなく、外務省の判断がもたついたためだった、というのが真相のようだ。糾弾されるべきなのは、当時の政府の危機管理能力・・・と言いたいところだが、イランの隣国トルコが救援機を派遣に応じてくれるような外交上の信頼関係を日ごろから築いていたことは、評価されるべきだと思う。

 それにしても・・・日航は、15日にチャーター機派遣の検討要請を受け、19日未明の出発を設定するということは、わずか4日で準備を整えたことになる。日航は目的地テヘランへの定期便実績はあったが、1980年以後は休止していた。しかし、見ず知らずの地域にいきなり飛ぼうとしたかと言えば、そうではなく、当時の日航には南回りヨーロッパ線があり、西アジア・中東に豊富な飛行経験を持っていた。カラチ(パキスタン)、ベイルート(レバノン)には支店もあった。こういう広範なネットワークと支援体制があったから、短期間での準備が可能だったと見るべきで、世界に張り巡らした路線網は、いざというときの危機管理にも役立つという例の一つだと思う。今の日航に、当時の面影は無い。まして航空自衛隊に同じことを期待するのは、難しいものがあるだろうとは思う。





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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
JALの機体を派遣するのに日本から飛ばすしか考えられないのも阿呆だろ?
批判したいからと言って、あらゆる想定を無視しての検証は無意味だね。
とおりすがり
2014/06/10 21:35

この記事の要旨は「JALは日本人を見捨てたのか?」「トルコだけが親日国故に善意で救助活動を行なったのか?」という部分であり、それに関しては論拠含め充分に述べられているので、特に問題ないのでは?
それに、航空業界には二国間協定があって、特例がない限り、JALであれば発着地のどちらかは日本でなければならない訳で、いくら緊急事態だからと言って、外地〜テヘランへ機材を飛ばして人員を輸送するというのは難しいのでは?
そもそも、外地〜外地の航路のリスクアセスメントを短期間で適正に行えるとは思えませんが・・・
というか、日本以外から機材を飛ばすことを想定するとしたら、政府専用機の運用組織としては、自衛隊は最もあり得ない選択肢になりますね。
とおりすがり2
2014/07/10 21:48
JALのまわしもんか
出典が全部朝日ってあたりからも胡散臭いし
結局何がいいたかったわけ?
ななし
2015/03/28 22:21
JALの手先
恥を知れ
ななし
2015/09/24 16:56

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