憲法記念日に思うこと

画像 憲法記念日を前に、写真のような本が書店で平積みにされていた。池上彰氏の「超訳 日本国憲法 (新潮新書) 」。売れているらしい。

 昨年12月の総選挙で安定多数を得たのをいいことに、選挙戦でまったくといいほど触れていなかった憲法改正に対し、前のめり感が満々の自民党安倍政権。来年夏の参院選は、憲法改正発議が可能な3分の2を自民・公明が取るかどうか(衆院は獲得済み)が、一大争点になると言われている。

 憲法改正への現実感がかつてないほど高まる中で、こういう本が出て、売れているのは良いことだな、と思う。「日本国憲法とはどういうものか。正確な理解があってこそ、実りある議論もできるものです」(本書前書き、12p)。日常生活で憲法を意識することはまずないが、小中学校の授業料無料や失業保険、生活保護などの制度、黙秘権や国選弁護人など、いかに多くのことが憲法の条文を根拠としているか。本書ではわかりやすく解説されている。

 憲法改正に「賛成」だの「反対」だのと意思表示する前に、まず憲法の条文をじっくり読んでほしいと思う。そして、その条文に込められた意味、解釈、そういうことをちゃんと知った上で、それでもなお、日本国憲法は変えなくてはならないのか、一人一人がちゃんと考えてほしい、と思う。

 ワタシの考えは、毎年書いているとおり。憲法は「変えるべきではない」ではなく「変えなくていい」。理由は二つ。

1. 改憲しても、守られる確証はない。どうせ守られない憲法をわざわざ変えるのはエネルギーのムダである。

2. やらねばならぬことは山ほどある。憲法改正などしている場合か。


 現憲法が守られていない、大事にされていないのに、改正した新憲法が守られる保証がどこにあるのか。看板を付け替えたら守れるようになるなどと考えているのだとしたら、憲法観としてあまりに軽い。

 国民はおろか、「憲法を守ります」と宣誓して職に就く公務員も、最高権力者ねある総理大臣すら、よくわかっていない憲法なのだ。ろくに中身を読まず、守らず、使いこなしもせずにこれを今変えるというのは、1946年当時の制定権者である国会・国民に大変失礼な話だと思うのである。

日本国憲法
第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第九十九条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ

黄色部分は筆者


【Ocean Radio@2015】




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新潮社
池上 彰

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